【人事担当者を元気にするコラム Vol.56】野村再生工場ならぬ、山本再生工場

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2024.06.28

プロ野球界で大きな貢献をした、野村克也監督。選手としても三冠王をとるなど、とても活躍しましたが、監督としても多くの選手を育成し、野球界に大きく貢献したスーパースターでもあります。

野村監督は、球界の盟主といわれる読売ジャイアンツのように、潤沢にお金があって、FA(フリーエージェント)などで選手を集めることができるようなチームで監督をしていたわけではありません。南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)やヤクルトスワローズ、阪神タイガース、楽天イーグルスなど、当時は資金的に厳しい環境にあるチームで監督をしていました。しかし野村監督は、一度輝きを失った選手を手元にかかえ、復活させる力をもっていて、そこから別名、野村再生工場といわれていました。峠を越えたといわれる選手を奮い立たせ、もう一度、輝きを取り戻すことの達人でした。江本孟紀選手や、江夏豊選手など多くの選手が野村監督の下で、輝きを取り戻していきました。まさに野村再生工場。
テスト生から南海ホークスに入団し、苦労を重ねながら、ポジションを獲得していった自身の経験も、多くの選手を再生していくための力になっていったことと思います。

これと同様に、私も過去にいわれたことがあります。「山本再生工場」と。
山本のもとにくると、ちょっと元気のない人も立ち直って、活躍することがよくあったために、いわれた言葉でもあります。

「よく部下は上司を選べない」といわれています。確かにその通り。
でも反面、上司も部下は選べないと感じていました。人事からの打診を拒否することはできても、指名で部下を選択できたことは、数えるほどしかありません。
リーダーになって感じたことは、意外と人を選ぶことはできないということだと思います。

課長時代にある役員から言われたことがあります。課長にはメンバーの任命権はない、ただし、どのように活用していくかは、すべて課長の手にかかっていると。ですから、他の部署でくさっている人や、力をのばしきれていないメンバーを輝かせていくのは、課長の役割、裁量にかかっているということです。

私もいろいろな場面で異動してきた人を勇気づけたり、エンカレッジして(励まして)きたことを思い出します。なかでも印象的だったのは、H氏です。
H氏はもともと、営業でがんばっていた人でしたが、仙台支店に配属になったときの上司とあわず、そののち、青森営業所に赴任。そこではさらに上司とそりがあわず、完全にくさっていました。業績評価はまさかのC(S→A→B→Cのランクで最低評価)。よっぽどひどくないとつけない評価です。
私は過去につけたことがない評価であり、見たこともない評価でとてもびっくりしてH氏の評価表をみたことを思い出します。

私が課長の時に、そのH氏が配属になってきました。
当時の事業部長からは、すごい評価の悪い男が配属になるから。よろしくな! と一言。「よろしくな」と言われても困るなあというのが私の想い。
ただ、日ごろ私が思っていることに、「いつもどんな人にもいいところはあるし、いいところをみていけば力は発揮できるものだ」という信念がありました。
もちろん、あくまでその人にやる気があればの条件つきにはなると思います。
H氏と初めて会ったとき、やはり、伏し目がちで、腐り気味の様子はいなめず、元気もないように見えました。

イメージ:元気のないH氏
ただ、根拠はありませんが、「できると信じるようにしよう」「きっと彼ならできる」と決めて、日頃、接していきました。
これは「ただ、決めた」という感じです。一緒に営業活動するときも、工場への打ち合わせの際にも、ただ信じるのみ。
この信じるという気持ちは、やる気を発揮させるためにも最も大切なことと感じています。根拠は全くありませんでしたが、信じることを決めました。

2023年のWBC(ワールドベースボールクラシック)、準決勝の日本対メキシコ戦。1点ビハインドにおかれた9回裏の日本の攻撃、ノーアウト1・2塁の場面で、バッターはそれまで期待されながらも、絶不調のなかにいた村上宗隆選手。その日もそれまで三打席ですべて三振。過去のジャパンであれば、まず100%送りバントの指示になるでしょう。
しかし、そこで栗山英樹監督が選んだのは、村上選手と心中するという想いからのヒッティング指示。結果として、村上選手のサヨナラツーベースヒットで試合終了。まさに人が人を信じるエネルギーの強さを感じる瞬間でもありました。体中に電流が走ったことを昨日のことのように思い出します。勇気のある、信じる気持ちだと思います。
あまり多くは語られていませんが、あの時の一塁ランナー、周東佑京選手のベースランニングはまさに神。村上選手の打球、力量から打った瞬間にスタートを切っている。二塁ランナーの大谷翔平選手がホームインしたとき、そのすぐ後ろにまで周東選手が迫っていたのは驚異のランニングであり、これも信じる気持ちのなせる技だと思います。

H氏の場合は、過去の評価も悪かったため、一時的に調子を落としていた村上選手と同様にはとらえられないものの、信じるという観点では限りなく等しかったように思っています。ただ、信じる。H氏の場合もどこまで信じられるか、過去は過去として捨てられるか、その男の今後にいかに想いをよせられるかにつきると思います。
私は、当時、新規の事業部に所属していたので、メンバー全員でH氏を信じていくことから始めていきました。
また、新規事業のリーダーで限られた人員で一人一人のやる気に火をつけるしか、目標達成ができない状態であったことも事実です。

H氏が所属していた元の部署の部長と食事をしたときのこと、「H氏はどうだ?」と、いかにもだめかな? というトーンで話してきます。私が「H氏、すごいがんばっていますよ。気持ちを入れ替えたんでしょうね」といっても、「本当か?」と全く信じる様子のないメッセージ。送り出す部署も全く期待せずに、だめだしをする中で、人が成長することは決してないと思います。「いかんなあ」と感じていました。

そうしてこちらが信じて、心を開いていくと、H氏も最初にみせたとまどいもなくなり、笑顔いっぱいで話していくようになっていきました。少しずつ心も開いてくれたように思います。
その後は、私たちの信じることをベースに力を発揮して、成果を出していきました。新規の部署で、持ち前の馬力を発揮して、事業部のビジョン達成を掲げ、一緒に取り組んだことを思い出します。事業にも大きく貢献し、最終的にH氏は営業課長までになっていました。青森営業所時代を考えれば、とても役職につけるような状態ではなく、ある面、奇跡のような出来事でもあります。
大手コンビニエンスストアへのデリバリー対応で、夜遅くまでともに力をあわせて乗り切ったことを昨日のことのように思いだします。
人は信頼されることによって、力がでることが立証され、とても嬉しい出来事であり、メモリアルな出来事です。

また営業課長のころの、課長代理の男性の話を。双子が生まれ、喜んでいたのもつかの間のこと、奥様のご両親が認知症になり、夜、徘徊してしまう状況に。
奥様も双子のケアと両親のサポートに疲れ、ほとんど眠ることのできなくなり、本人も毎日、目を真っ赤にはらして出社するような状況でした。
会社にくるのが精いっぱいで、成果をだせるような状態ではなかったと思います。
私は彼のために、できる限りのフォローをしようと決めました。担当客先を見直したり、積極的に直行直帰の体制をつくったりと、全面的にフォローをしました。環境さえ整えば、必ず力を発揮する男だと信じての行動でした。自分だったらどうかなと、いつも考えながら、行動していたように思います。

この行動には、大好きだった祖母の教えがあります。
「人の喜ぶことをするんだよ、人のいやがることを決してしてはいけないよ」
小さいころからずっと聞かされていて、私のとても大切な人生訓になっています。三つ子の魂百までは本当にその通りだと思います。
本人もそのことをよくわかっていたようで、日々感謝されていました。
やがて子供たちが成長し、おちついたあとの彼の頑張りには目を見張るものがありました。やはり、メンバーの環境をよくみながら、サポートしていくことはとても大切なことと思います。
そのつらい時に上職者がどれだけ寄り添っていけるかが、将来の事業やあり方も決めていくことになると感じています。短期で物事をみるのではなく、長期でみながら、サポートしていくことが本当に大切なのだと感じます。

イメージ:サポートしていく
状況が落ち着いてからのこと、その奥様がベビーカーをおしながら、会社へ来たことがあります。お礼をいう奥様の目は、涙がいっぱいになっていましたので、よほどつらかった日々への想い、フォローへの感謝があったのだと思います。
奥様は、「山本さんを精一杯支えてね」といってくださっていたようです。
とてもありがたいメッセージだと感じます。

いい時、好調なときは、いくらでもフォローできますが、つらい時にどのようにサポートできるかが、リーダーの人の器量、その人の人生を決めていくように思います。
エンゲージメントなど理論的にまとめた考え方もありますが、実は心のひだ、体感、体温を感じるようなぬくもり、優しさが未来を決めていくように思います。人は理では動かず情で動く、ということをまさに肌で感じた原体験だと感じています。

人が人を再生していくときも、理論ではなく、想い、やさしさがベースに流れていくように思います。ただ、このやさしさも自分の心の状態が整っていないと発揮できないように思います。
世界一の指導者とも称される、アンソニー・ロビンズの伝えている、「ビューティフルステート(美しい心の状態)」をいかにクリエイトしていくかも、とても大切なことだと思います。
いかに日頃、心をいい形で保つかがとても大切。心の持ち方そのものが、行動を左右していくので、このコントロールがとても重要です。
美しい心になっていないと、人のつらさにも気づくことができないし、人の良い点にも気づくことができない。自分の心が曇っている状態では、とても人を導くことなどはできないと感じます。
なぜなら、この心は自分自身でできることだからです。自分のできることに最大限にエネルギーを注ぐことが、とても大切になってきます。ある面、日ごろから自分の感情をしっかりコントロールしていくことも求められることと感じます。

詩人であり劇作家のゲーテもいってますね。「人生最大の犯罪は不機嫌である」と。美しい心をもって、上機嫌でいること、そのことが自分を助け、他の方も助けていくことになると思います。

「今日もいい日だ!!」


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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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