【人事担当者を元気にするコラム Vol.58】今こそ、トーキングスティック ~人の声を聴きましょう~

元大手食品メーカーグループ企業 代表取締役社長山本実之

2024.08.30

私たちは日頃、人の話をどれだけ聴いているでしょうか?
家庭では妻に対して、夫に対して、会社ではメンバーに対して、どれだけ心をこめて話を聴いているでしょうか?

聴くという漢字の中には、耳があり、目があり、心があります。つまり、話を聴くということは、耳で聴き、目で見て、心で聴くという意味があるのです。
では実際に、日々、どの程度それを実施されているでしょうか? 忙しいということで、相手が話している途中で言葉をさえぎったり、自分の話にすり替えたりしていませんでしょうか?
特にリーダーとメンバーの関係性の場合、リーダーは聞いているつもりでも、実は、一方的に話しすぎる傾向があるようです。

ネイティヴ・アメリカン(アメリカ先住民)にまつわる、「トーキングスティック」のことはご存知でしょうか?
トーキングスティックは、ネイティヴ・アメリカンが政治や集会の場で長く用い、重要な役割をはたしてきた、最も大切なコミュニケーションのアイテムの一つです。この道具は、会議や集会の際に発言の順番を制御し、全員が公平に意見を述べることができるように使われます。
集会の場では、トーキングスティックを握っている人だけが発言することを許され、自分の意見を自由に話すことができる仕組みです。他の人はトーキングスティックを持っている人の発言を静かに聴きます。そして発言者は、理解してもらえたと思ったタイミングで、すぐ次の人にトーキングスティックを渡します。
この方法は、発言の公平な機会を確保し、会話を整理し、相互尊重を促進するのに役立つ、ネイティヴ・アメリカンの知恵といえます。

イメージ:トーキングスティック<ネイティヴ・アメリカンのトーキングスティック>
Markus Bärlocher – Eigen werk

ある研修でこのトーキングスティックを使用し、ディスカッションをしたことがあります。トーキングスティックを持っていないときは、話してはいけないルールになっているのですが、普段だったら、その場面で話しかけている自分に気づきました。思ったように話せない環境になると、すごいストレスを感じたことを思い出します。
普段、いかに人の話を最後まで聞いていないか、自分のメッセージをすぐに発信しようとしていたかを強く感じました。「私って人の話をきいてない!!」と、強く感じた瞬間でもありました。一度、経験されるとご自分のきき方の課題が浮き彫りになることと思います。

今、小売業で快進撃を続けている、ワークマンの土屋哲雄専務取締役の話を聴く機会がありました。
ワークマンの戦略は「~の声のする方に進化をする」というものです。「~」に入る言葉は、市場の声、インフルエンサーの声だと言っていました。それらの方々の声を聴くことが大切であり、同時に、聞いていけないのは上司の声だと。それはなぜか? 土屋専務いわく、上司は必ず、間違えるから。これは、多くの企業であてはまるのではないかと思います。
若者向けの企画商品に対して、上司が商品そのものに意見やコメントするのは大きな問題です。トップが商品そのものに対して、「これでいいのか? これでどうか?」などというコメントは決してすべきではない。そもそもトップはターゲット層に入っていませんから。
トップは別の分野で力を発揮すべきですが、製品には口をはさみやすいし、意見をいいやすいため、思わずコメントしてしまう。このことを全員が避けているのがワークマンです。
土屋専務は商社からワークマンへ入社した時、トップからいわれたのが、「何もするな」というメッセージだったそうです。「何もするな」といわれていたので、ただ、聴くことのみに徹することしかなかったようです。それが全体をみることにつながり、自分の成長を促し、商社マインドを脱した理由のようです。

そして、なにかを聴いていくためには、少しばかりの勇気もいります。
たとえば、海外出張の長いフライトのとき、となりになった人との関係性がどうなるかは、座ってわずか5分間が勝負だと思っています。
相手がジャケットをぬいで、席に着く、たいていはしばらくの間、なにもしない状態が続く。この時に声がけができるかどうかで、その後のフライト中の空気感が決まっていきます。
「今回のフライトは、お仕事ですか?」とか、「よくこの地域にはお出かけになるのですか?」などと、話せるとベスト。ファーストドリンクがサーブされる前に一言、二言、話ができるかどうかで全く雰囲気が変わります。
たかが一言、されど一言。話してみると、お互いに同業であったり、全く異なる世界で働く方だったり、少し業界を知るだけで、共通の空気を吸った感覚になり、心が通じ合います。
一度、話をしただけで、その後、機内食がでるたびに、声がけをしてもごく自然。お互いに笑顔で会話を交わすことができ、とてもなごやかな関係性の中、丸い空気が流れます。お互いのビジネス談義などもできて、視野が広がる感覚を得られることも多々あり、ビジネストリップの楽しみの一つになります。

一方、最初のチャンスに声をかけられなかったとき、その後は相手が新聞を読み始めたり、画面を見始めたりすると、お互いに会話の余地はありません。
その後の食事の時などでも、結構心の距離が離れてしまい、話しかけるのも気まずい感覚。そしてランディングを迎え、お互いに何も会話をしないままのフライト、そして、残念な結果となります。
海外出張へ行く際は、すべてが学び、あらゆる状況から学んでいくことも大切といつも感じていたので、フライト中の隣の人からも学ぼうという意識はいつもありました。

過去に2度ほど、ファーストクラスで欧州へ出張したことがあります。とはいっても、たまたまビジネスクラスからアップグレードになっただけで、実力でのファーストクラスではありません。
初めてのファーストクラス体験は今でも鮮明に覚えています。初めて、ヴァージン・アトランティック航空でロンドンに行くときです。

イメージ:ヴァージン・アトランティック航空当時、ヴァージン・グループの創設者であるリチャード・ブランソンにとても興味をもっていたので、一度ヴァージン・アトランティック航空に乗ってみたいと思っていました。
グランドスタッフから「申し訳ないけど、アップグレードでファーストクラスへ移ってもらえませんか」といわれ、「OK」といいながら、申し訳ないどころか超ラッキーと感じる、35歳の私がいました。

ファーストクラスの座席につくと、とにかくおちつかない。当時では珍しい完全フラットになる座席、もう座席はベッド、まさに真横になれるんです。シートベルトをしていると、座席の前のパンフレットは立ち上がらないと取れないほど広い間隔。
本来、フライト中は睡眠をとり、リラックスして、ロンドンについたあとの業務に備えるべきですが、「もったいなくて、寝ている場合ではない」と感じていて、まさに本末転倒の状態。ファーストクラスの器ではない自分を実感しながら、席についていました。
そしてそこはファーストクラス。となりの方は、紳士の英国人。しぐさもゆったり、余裕があって、まさにファーストクラスの人だなあという感じ。
勇気をだして話しかけると、なんと、関西空港のデザインをした建築家だということで、お人柄もよく、素晴らしいビジネスパーソンだと思いました。
立ち振る舞い、CAさんへの接し方、まさにファーストクラスの人だなあと感じていました。

当時、リチャード・ブランソンさんが言っていたことをCAに聞いてみました。
彼は自分が搭乗する時、いつもエコノミーを選び、機内の最後列に座る。そしてすべてのお客様が快適であるかどうかを、しっかり観察をするというのです。
「リチャード・ブランソンさんは、エコノミーに本当にすわって、観察するのですか?」するとCAは、「その通りです」と。
彼は、決してファーストクラスやビジネスクラスにのることはないそうです。エコノミーの方が満足できるサービスでなければいけない、という発想の持ち主で、じっと乗客の様子を観察していたといいます。ある面では、心でお客様の声を聴いていたのかもしれません。サービスの心を自分事で考えられる方でもあるのでしょう。
この行動は、まさにプロフェッショナル。私の尊敬するチャップリンも、お客様の声を聴く、反応を知るために似たようなことを継続していたといいます。
チャップリンは、いつも映画館の一番うしろの席から、観客の様子を観察しながら映画を観て、お客様がどこで笑うか、笑わないかをしっかり記録していたそうです。特に意図しないところで笑いが出たり、意図したところで笑いが出なかったりしたシーンを研究して、次の作品に活かしていったといいます。この現場主義、そしてまさにお客様の声をダイレクトに聞く姿に、プロフェッショナルを感じます。
この積み上げがあったからこそ、時代を超えて、評価される映画になっているのだと思います。業界は異なっていても、本気の姿に感銘を受けます。あの巨匠にして、あの地味な観察、とても素晴らしいと感じます。

リチャード・ブランソンさんは、時折、CAとともに、お客様へサーブをするとも聞いていました。私がCAに「本当に彼はするの?」と聞くと、これもまさに真実。ニコニコしながら、「エンジョイしていますか?」と直接、お客様に声掛けをしながらカートを押して、サーブしたそうです。
まさにお客様の心の声を実際に聴くという、すさまじい情熱であり、サービスの感覚を肌でとらえていたのだと思います。

数々の冒険をくりひろげる、リチャード・ブランソンさんですが、素直に、真摯にお客様の声を聴く姿勢は、学ぶべきものがあると思います。聴く姿勢と聴くための小さな勇気、この一歩は小さくとも、これからの人生に大きな意味をもっていくと感じています。この小さな体験の積み重ねが、人生の大きな恵みにつながっていくように思います。

メジャーリーグのレジェンド、イチロー。2004年10月1日、年間258本のヒットを打ち、85年間も破られなかった、ジョージ・シスラーの記録を塗り替えた日のインタビューで次のように言っていました。
「小さなことを重ねることが、とんでもないところに行く、ただ一つの道なんだ」と。
丁寧に聴いていくということこそが、新しい景色をみる唯一の道なのだと思います

私たちも小さな一歩を大切にしていきましょう!


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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当、のちに営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。その後、グループの関連会社の代表取締役社長を経て、現在はビジネスパーソン向けの人財開発事業に情熱を注いでいる。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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