資格試験対策の講師が「対策内容は仕事でも活かせる」と強調する理由は?

TAC中小企業診断士講座講師三好 隆宏

2021.04.19

はじめまして。TAC中小企業診断士講座講師の三好と申します。
中小企業診断士試験(以降:診断士)の受験対策を長いこと(もう25年以上も)担当しています。
診断士試験は1次試験と 2次試験の2段階で行われていますが、そのうちの 2次対策の講義等を担当しています。

ご存じかもしれませんが診断士は、経営コンサルタントの資格です。それゆえ2次試験は、1次試験で学習した知識をベースに事例問題を処理するもとなっています。あくまで紙上ではありますが、事例企業の診断と、経営者への助言を行う設定になっているのです。

「2次試験対策で身につけることは、仕事にも活かせる」
これは、講師として受講生のみなさんに何度も伝えるメッセージのひとつです。

ひとつ例を挙げましょう。
2次試験では、“診断(分析)“が求められますから、因果関係を正確に捉えるスキルを高めることが必要になります。そのための練習の1つに「まず『それで?』を検討する」ことがあります。

わたしたちは何か出来事が起こると、その「理由」「原因」に興味を持ちます。
ですから、原因については何かの練習をしなくても追いかけるようになっています。このこと自体は悪くないですが、これだけでは、出来事によって起きる「影響」を確認・検討することまでには至りません。
たとえば試験問題から、「顧客からクレームが発生した」ということを読み取ったとしましょう。この状況に、普通は「なぜクレームが発生した?」と直ちにスイッチが入り、原因を特定しようとします。そして、原因が特定できたらおしまい。これでは、試験に必要なスキルとしては不十分です。解決したい問題は、「クレームの発生」ではなく、それによって生じていること(例:「主要顧客の離反」)かもしれないからです。原因分析はほっといてもやってくれるはずなので、その前に影響分析を行うクセをつけたい。そのための練習が「まず『それで?』を検討する」ことなのです。

さて、ではどうしてこの練習が仕事で役に立つのでしょうか?
それは、職場ではエラくなるほど「まず影響の確認(見極め)」が重要なスキルになるからです。

職場で「クレームが発生しました」と担当者から報告を受けた課長は、きっと「どうしてだ? 原因は?」と尋ねることでしょう。
しかしその課長が「クレームが発生しました」と部長(上席)に報告をしたとすると、その部長はきっと『それで?』と問うでしょう。つまり原因よりも先に、状況や影響を確認するはずです。これはまず、自分がアクションをとる必要があるレベルの事態なのかどうかを判断したいわけです。
そして、自分が直接関わるほど重大なことないと判断したら、「キミが処理しておいて。よろしく」でおしまいとなります。これができないと部長の仕事は務まりません。
この傾向は事業部長や経営者になるともっと顕著でしょう。

というわけで、まず「影響分析する練習」をしておくと、エラくなる前に、エラくなった時のスキルを身につけることになりますし、俯瞰的に業務を見る目もできてきます。

イラスト1

実際に診断士講座を受講中の受講生の方や、合格者の方たちのなかで、こういった練習をしている人からは

「仕事で役に立ちました」
「仕事に対する見方が変わりました」
「まわりの見る目が変わったように思います」

といったことを聞くことは少なくありません。

ということで、講師がこのメッセージを何度も発信するのは、
「身につけたことは直接仕事に役に立つ。よって合格によって手に入るのは資格だけではない。」

あるいは、

「やっていることは、試験対策以外にも役立つのだからやる意義はあるのだ」
ということをわかってもらうため?
つまり、試験対策に対する受講生のモチベーションを高める・維持するためだけのものなのでしょうか?

それは違います。

確かに、

「試験対策は試験のためだけの内容だから、不毛だ」
「勉強などしたくない。資格取得のために必要だからやるだけだ」

という人たちはいます。

その一方で、

「資格試験対策であろうがなんだろうが、自分が興味あることなら勉強したい」

という方たちも少なくありません。

いまやっていることが、“他のことに活かせることである”と強調することは、すなわち“いまやっていることそのもの“には、意義がない、意味がない(あるいは少ない)と言っているようなものです。
そんなふうに考えるようになってしまったら、もともと勉強することにやる気満々だった人たちに悪影響が出ます。それはとても不幸なことです。

やっていることは、資格取得のための試験対策とはいえ、勉強に違いありません。
勉強はやりたいことのはずです。受講生は自分で学ぶことを選んだわけですから。
やりたいことをやるのに理由や動機を気にすることはありません。そう考えています。

つまりこちら(メッセージを発信している講師)の意図は、次のようなものです。

 

  講師の意図
  - 試験対策中に、試験で使うスキルを、仕事で日常的に頻繁に使うことで
    練習する機会を増やし、試験の合格の確率を上げる。

 

診断士の2次対策では、「考えること(考え方)」が重要な位置付けになります。
適切な情報を知る、覚える、わかる、だけでは役に立ちません。
以下の変換をしたいわけです。

 

「わかっているけど、できない」
↓ 変換 
「特別、意識しなくてもできる」

 

そのためには“練習“が必要なのです。

これはスポーツやアート、ゲーム、あそびと同じです。
しかし、仕事をしながら勉強するみなさんが、教室や自宅で試験対策として練習を行う機会はどうしても少なくなりがちです。
そこで、圧倒的に長時間過ごす仕事の場を練習の場にしてしまおうということです。

つまり身につけたことを「合格したら使える」ではなく、試験対策中に「身につけたいことをバンバン使う(練習する)ことで、合格確率を高める」。
これがこちら(講師)の意図です。もちろん、この点も繰り返し説明しています。

診断士(経営コンサルタント)の資格取得を目指す方達は、理解力が高い人が多いです。
理解力が高いのはよいことなのですが、「わかる」と「できる」と思ってしまう。
結果、練習が不足する傾向にあります。
いわゆる“飲み込みが早い“タイプですから、1度か 2度試しただけで、「だいたいできる」状態になることは珍しくありません。
ただ、これだけでは不十分です。なにせ試験は一発勝負の場ですから。

残念ながら「だいたいできる」といったレベルでは、試験場ではまずできません。
「確実にできる」レベルにまでなっていても、場合によっては危ない。
合格確率が抜群に高い状態とは、「特別意識しなくてもできる」レベルです。
それには練習が欠かせません。

勉強というと本を読んだり、人の話を聴いたり、動画を見たり……というイメージが強いようです。結果、練習するというイメージが弱い。
「考える」というのは技なのです。
ボールを打ったり、絵を描いたり、楽器を演奏したり、踊ったり、歌ったり、と同じです。

どれほどゴルフのスイングのレッスン動画を見ても、実際にスイングの練習をしなければうまくはならないように、「考え方」をいくら知っていても、実際に意図的に考える練習をしないとうまくはなりません。

イラスト2

幸いなことに、職場では「考える」ことが求められます。実践的な練習の場としては最適です。

そのためにも、このコラムをお読みで、診断士を研修や自己啓発に取り入れている企業の人事や研修担当の方にお願いしたいのが、「いろいろ自力で試している従業員の支援」です。
資格試験対策をやっている従業員は、スキルアップのための練習や、身につけた知識を使いたいという衝動により、「急に理屈っぽくなった」「いちいちツッコミを入れるので面倒くさいヤツになった」など、一時的に職場の皆さんからの評価に悪影響が出ることがあります(このような事態は、有意義な研修に参加した場合にも想定されると思われます)。

そのようなことのないように、勉強中の従業員に対する職場の理解が得られるようさまざまなかたちでの支援をよろしくお願い致します。


(TAC株式会社より関連研修のご案内)
 中小企業診断士 試験対策
 中小企業診断士コース(自己啓発向け通信講座)

Profile
三好 隆宏
TAC中小企業診断士講座講師
北海道大学工学部卒。日本IBM、プライスウォーターハウス・クーパースを経て、現職。著書に『うまくいかない人とうまくいかない職場 見方を変えれば仕事が180度変わる!』『コーチみよしのヘ~ンシン!』(共にTAC出版)がある。

一覧に戻る