【人事担当者を元気にするコラム Vol.18】海外出張の前日、午後2時、子供(3歳)緊急入院、その時あなたはどうする?

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2021.04.23

海外出張を準備していた、東京のオフィスでのこと。
1本の電話がなる。それは家内からの電話。
「パパ、帰ってきて! 子どもが熱を出したの! 40度を超える熱で、お医者さんが、脳に障がいが残るかもしれないって言ってるの。大変なの。だから帰ってきて!」
ガチャ。電話はきれました。
そのとき、家内は九州の実家に帰省をしていたのですが、子供が熱を出して緊急入院したというのです。

私はといえば、翌朝10時発のキャセイパシフィック航空で、香港へ1週間の海外出張の予定。海外出張の稟議は、社長までまわって承認されている。
電話を受けた後、私は、「どうすればいいんだろう?」と、途方に暮れて思いました。

みなさんならこの場面、どうしますか?
「仕事なんだからしょうがない」という思いで、予定通り、香港へ出張しますか?
それとも家内が「帰ってきて」と言っている九州の病院にいきますか? どうしますか? 二者択一です。二つの道は同時に歩むことはできません。

私は1時間ほど悩み考えました。そして結論、「行こう!! 病院へ」
最終フライトを予約して、九州の病院に向かおうとしている私に、ある先輩の声が届きました。「おお、仕事より家庭を重視するのか!!」という声です。
部屋を走り去るようにでていくときの私は、「子供はだれが守るんだ! 俺しかいないだろ」と思いながら、本社の階段を走り降りて、羽田空港へと向かいました。
フライト後、空港に着くと、タクシーですぐに病院へ直行。

病院の救急出入口

病室に着くと、ぐったりとした子供と家内。その姿を見て、「帰ってきてよかったあ」と、心の底からそう思いました。
それから三日三晩、子供と病院に泊まりました。幸い、その後、子供の熱は下がり、特に脳に後遺症が残ることもなく、回復していきました。

それから1ケ月ほどして、私はもう一度、同じスケジュールで香港へ出張することにしました。
香港に到着後、まず、お客様の社長にあやまりました。

「社長、申し訳ありません。私のわがままで、出張を前日にキャンセルするなんて、とんでもないことをしてしまいました」
そういいながら、頭を深々とさげました。
すると社長は「Mr. 山本、私はあなたのような日本人に初めて会いました」と、ゆっくりと話されました。
怒られると思っていましたので、全く違う反応に、とてもおどろきました。社長は続けて、「今回のことで、私はあなたのことを100%信頼します」と言ってくれたことに、私は改めて、びっくりしました。
まさに個人的な理由で、多大な迷惑をおかけしたわけですから、怒られて当然なのに、予想外の言葉を聴きました。でも、社長の表情や話す内容をみていると、それは心からのメッセージに聞こえました。これがグローバルな考え方なのだろうか? などと考えていると、社長はさらに一言、こう言いました。
「僕もそうしたよ」と。

これはさらに驚きの言葉でした。全く予想していない言葉をかけられ、人生、ビジネス、家庭などいろいろなことを改めて考えるきっかけにもなりました。
その社長は仕事を愛していて、まさに24時間戦う経営者にみえ、なによりビジネスを第一に考えているようにみえていただけに、意外な反応に感じたのです。しかし、実はなにより家族を大切にしている方だったのだと気づきました。

社長はその言葉どおり、その後さらに私のことを信頼してくれました。
様々な場面でサポートやフォローをしていただき、事業はかつてない伸びをみせていきました。「災い転じて福をなす」ではありませんが、あの出来事で私個人の価値観や考え方が通じた機会になったことは間違いありません。

100万ドルの夜景

時々、今でもあの時の行動がビジネスパーソンとしてベストであったかどうか、疑問に思うことがあります。なにせ会社での決定事項、社長まで承認されている海外出張を、全部前日にキャンセルするのですから……。それも個人的な理由で……。
ただ、父親としては120%間違っていないと今でも確信しています。

人生は、すべて選択の連続であり、決断が大切なんだと感じます。
この時はたまたま、子供の熱が下がって、なにもなく、ことなきを得ましたが、もし、私が帰省せずに予定通り海外出張に行って、子供に何かがあったとしたら、永遠に後悔をしたことでしょう。それこそ、もう取返しはつきません。

もちろん帰省したからといって、病状に影響があるかどうかはわかりません。ただその状況で、帰ってきたお父さんと、仕事を重視して出張にいったお父さん、この違いは、永遠に逆転することのないものになることは間違いないと思います。

いかに日ごろから価値観をしっかり認識していることが大切かともいえますし、いかに選択することが大切かをつくづく感じた出来事でもあります。

「クレイマー、クレイマー」という映画をご覧になったことがありますか? ダスティン・ホフマン主演の素晴らしい映画です。
私はこの映画を、独身のとき、そして結婚した後、さらに子供が生まれた後、それぞれの環境でみました。
たしかあるシーン、重要な役員会議というとても大事なときに、子供が病気になって、会議に出席するか、子供を病院につれていくかという選択を問われる場面があります。さきほどの、私の香港出張のケースとある面で似ています。

独身時代の私は、「当然、それは仕事でしょう。仕事にいかなくてどうするの!」と思い、あまり迷いませんでした。結婚したあとでは、「どちらかなあ、困るよなあ」と感じ、子供が生まれた後は、「それは子供を病院につれていくことだろう」と迷わずに感じました。自分の環境によって、選択する行動が大きく変化をしたことを記憶しています。とても印象に強く残っている映画の一つです。
みなさんでしたら、どのように感じますか?

プロ野球の阪神タイガースに、ランディ・バースという選手がいたことを覚えていますか?
過去に2度の3冠王など記録的な成績を残していたのですが、アメリカに残した子供の脳の手術が行われることなったときに、シーズン途中で帰国して、そのまま日本に戻ることはありませんでした(そのまま引退してしまいました)。
当時、結婚もしていない私には、大記録がかかっているなか、シーズン途中で帰国するなんて、考えられませんでした。なんでだろう、記録更新は間違いないのにと思っていました。
子どもをもっている今なら、当然の行動に思えます。

やはり人は、その場の環境によって大きく選択も変わってくるのだなあと感じます。その時大切になってくるのは、価値観になると思います。
「あなたは何を大切にしていきますか?」その答えがすべての行動につながっているのだと感じています。自分の価値観をしっかり把握することが大切です。

価値観を考えるときに、Iビームの話があります。Iビームとはアルファベットの「I」の形をした鋼材のことです。電車のレールのようなものをイメージしてください。
では電車のレールが1本(10mくらい)が、高さ100mの峡谷に橋のようにかかっているとしましょう。そこには強い風が吹き、雨も降っていて、とても危険な状態だとします。あなたはそのレールの端に立っている。そんなとき、もう一方の端になにがあったなら、あなたはその危険な状態のなかレールを渡っていくことができますか?

その状態でも渡っていくことができるほど、大切なもの。それがあなたの価値観といわれています。

対岸の端に、お札の束があったら、あなたはそのレールを渡りますか?
あるいは、自分の愛する子供がハイハイしながら、こちらに向かって歩いてきたら、あなたはどうしますか? 渡っていきますか?
なにが対岸にあったとき、あなたは、そのレールを渡ることができますか?
それがあなたの価値観といわれています。
Iビームがあなたの価値観を教えてくれます。

常日頃から、自分自身がなにを大切にして生きているのかを考える必要があると思います。しっかりとした価値観、なにが最も大切なのかをしっかりと胸にうけとめておけば、究極のときでもすぐに判断ができ、しかもそれは後悔のない判断となっていくことでしょう。

現代社会はとても複雑で、なにかを判断するときに、いろいろな係数がからんでみえにくくなっているように感じます。今こそ、自分がなにを大切にして、なにを守っていくかということが大切になってきていると思います。
そのときに、やはり大切になるのが価値観です。その価値観が難しい局面でも自分の行動を推し進めていくことになるのでしょう。

さきほどの出来事、海外出張の前日、午後2時、子供が緊急入院、その時あなたはどうしますか?

この問いに正解はないと思います。この問いに限らず、今の世の中には、正解というものが存在しにくくなっていると感じます。
あるのは、納得解。自分にとって、納得できる解になっているかどうか、後悔のない行動になっているのかどうかが、大きなカギになることでしょう。

価値観とともに、大切なこともあると感じます。

「治にいて乱を忘れず、乱にいて治を忘れず」

これは私の父が生前よく言っていたことです。
TVなどをみながら、突然そんな会話になっていましたので、なかなか刺激的な家庭で育ったのかもしれませんね。あらためて今思います。
どんな平和なときでも、混乱期や動乱期を忘れないこと、平和ぼけするなということでもありますね。逆に混乱期にあっても、動揺するのではなく、安定期、平安期だったらどうするということも意識しろということでしょう。

コロナの今が混乱期であったとすると、それが終わった後、どうするか、どのような世の中がくるのか、今しっかり考えよということにもつながるでしょう。コロナの混乱期を嘆いたり、疲れたりすることなく、その後をしっかりみて、今、やるべきことをしっかりみつめよということになるのでしょう。

価値観をベースにしながら、情勢をしっかり見極めて行動していくことも、とても大切なことになると思います。

自分の内面をしっかりともちながら、社会の変化に、しなやかにあわせ行動していくことが、今求められているのでしょう。
自分自身の価値観をしっかり確立し、大切にして行動していきましょう。


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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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