2020.04.13
企業のパワーハラスメント(以降:パワハラ)防止策を義務化する、いわゆる「パワハラ防止法(正式名称:改正労働施策総合推進法)」がいよいよ施行されます。大企業では2020年6月から、中小企業は2022年4月から始められるよう準備が必要です。
そこでこのコラムでは、本法律のポイントを解説するとともに、事例をもとに必要な対応を検討してみたいと思います。
このコラムをご覧の人事担当者の方は、そもそもパワハラとはどんなものなのか、またどのような行為をいうのかということについては、十分に理解できていると思いますが、念のため確認しておきましょう。
【パワハラの定義】
厚生労働省は、職場におけるパワハラを次のように定義しています。
パワーハラスメントは職場において行われる ① 優越的な関係を背景とした言動 であって、② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの により、③ 労働者の就業環境が害されるもの であり、これら(①から③まで)の要素を全て満たすものをいう 「パワーハラスメントの定義について」厚生労働省 雇用環境・均等局(2018年10月17日)より |
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この①から③が、どのような意味をもつのか、個別にみていきましょう。
①「優越的な関係を背景とした」とは
・上司や先輩といった職務上の地位が上位の者
・同僚や部下でも業務上必要な知識や豊富な経験を有している者
・同僚や部下の集団によるもので抵抗または拒絶することが困難な場合
②「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」とは
・業務上明らかに必要のない言動
・業務の目的を大きく逸脱した言動
・業務を遂行するための手段として不適切な言動
・行為の回数、行為者の数など、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
③「労働者の就業環境が害される」とは
・当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられたために、能力の発揮に重大な悪影響が生じること
・就業するうえで看過できない程度の支障が生じること
では実際に、どのような行為がパワハラとして認識されるのでしょうか。具体的な理解のために、代表的な職場のパワハラの6類型を説明しておきます。
【パワハラの6類型】
① 身体的な攻撃 | 暴行・傷害 |
② 精神的な攻撃 | 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言 |
③ 人間関係からの切り離し | 隔離・仲間外し・無視 |
④ 過大な要求 | 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害 |
⑤ 過小な要求 | 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと |
⑥ 個の侵害 | 私的なことに過度に立ち入ること |
パワハラ防止のため、企業に義務づけられる対策としては、次の4つが挙げられています。
①事業主の方針等の明確化とその周知・啓発 | ・TOPが組織の方針を発信する ・就業規則や服務規律にパワハラ禁止の旨を規定する ・社内報、イントラネット、研修等で労働者に周知・啓発する |
②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応する体制の整備 | ・組織内、または外部に相談窓口を設ける ・相談担当者と人事部門とが連携を図る ・相談窓口の担当者が専門知識を持って対応する |
③事後の迅速かつ適切な対応(右のようなことが出来る仕組みを持っている) | ・事実関係を迅速かつ正確に確認する(被行為者・行為者・周囲へのヒアリング) ・被行為者の不利益の回復とメンタルヘルスへの配慮 ・事実確認にもとづく行為者への適正な措置と再発防止策の実施 |
④併せて講ずべき措置 | ・相談者、行為者のプライバシーの保護と不利益な取り扱いの禁止 ・相談したことによる不利益な取り扱いをされない体制と告知 |
法整備がされたことで「対策」や「判断基準」が以前より明確になったといえます。その分、人事部門には「パワハラを受けた」という申し立てが増えることも予想されます。その対応において、申し立てのあった時点から「パワハラかどうかの判断を前提にした対応」をするには注意が必要です。白黒はっきりさせることが、当事者同士に大小の違いはあれど禍根を残すことになるからです。それは職場のモチベーションや生産性の維持向上に役立つでしょうか? 両者の思い込みや勘違いをほぐすことで、ハラスメント問題として取り上げる手前で対応が終わるケースも多いものです。明らかなハラスメントには厳正に対処すべきですが、判断以前にすべきこともあるのです。
次の事例をもとに、一緒に考えてみましょう。
人事部内にあるパワハラ相談窓口に、若手社員A君からパワハラの申し立てがありました。なんでも、前日に行った残業を申告したところ、上司であるB課長に「その程度の時間は自分でうまく調整しろ」と |
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このような場合、人事担当者としてどう考えればよいでしょうか?
法的にいえば、所定時間以上の労働には、1分であっても時間外労働手当を支払わなければなりません。30分間の残業手当を払わないと言ったのならば、立派なコンプライアンス違反になります。
とはいえ、この事例においてB課長を「コンプライアンス違反の上司」としてパワハラ認定し、処分を下すことは適切でしょうか?
たとえばB課長がA君に対して、時間外労働が必要なほどの仕事量を与えておきながら残業を承認しないとか、他の人に対しては残業を承認しているのに、A君だけは承認しないといった状況があれば、先に説明したパワハラの6類型の「過大な要求(④)」や「人間関係からの切り離し(③)」であるとして、パワハラに該当するといえます。しかし、今回はそこまでとはいえないようです。
そこで本事例における人事としての対応は
・A君にパワハラの正しい理解と判断のための詳しい説明をする |
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といった程度が妥当でしょう。
ただし、本件には会社として考えておきたいポイントがあります。ハラスメント申し立てへの対処だけでなく、次の観点から人事が「働きやすい職場づくり」のために行うべきことがあるでしょう。
●法律をもとにした望ましい運用を行う
残業の基本的概念に立ち返れば、本来残業は会社(上司)の命令によって行うもの。事前に「この仕事内容と量に対してこれだけの残業をします」と“部下から申請があって上司が承認する”というプロセスが必要です。しかし現実には、行った残業に対して事後承認で残業手当を払っているという会社も多いことでしょう。残業申請の仕組みについて見直す必要があります。
● 労務管理のあり方を考える
営業や企画業務など、職種によっては労働時間を厳密に管理することが難しい職種もあります。さらに、今後の多様な働き方やテレワークの促進などを考慮すれば、従来の労務管理のやり方を見直す必要が出てくるでしょう。みなし労働導入や時間管理と評価方法の見直しなどの制度面と、厳密な管理が難しいからこそ上司部下の齟齬を少なくする関係性の両面から、望ましいあり方を考えなければなりません。
● 組織風土の改善を行う
「自分たちの頃はなかった」と思いたい上司側の気持ちもわからないではありません。しかし、ハラスメントやメンタルヘルスなど、以前は「個人の問題だ」として取り上げられなかった問題が、組織で顕在化している今日この頃です。このような問題によって組織の生産性低下やリスクの増加が起こっています。こうした変化に対して、経営者や管理職も適応していかなければなりません。「自分たちの頃はなかった。だからこれでいいのだ」は通用しません。マネジメントする側こそ変化に敏感になるべきなのです。
● 日頃の人間関係に留意する
そもそも上司部下、同僚同士が日頃から良好なコミュニケーションをとり、信頼関係が構築できていれば、多少の思い違いがあっても問題にならないことも多いものです。逆に言えば、今回の事例はA君とB課長の関係性が日頃から不十分だったともいえるでしょう。相手の立場や状況を理解しようとする人間関係でお互いに働きやすい職場を目指したいものです。
明らかに悪意のあるハラスメントは徹底して撲滅しなければなりません。一方で、対応が難しいのは、当事者に自覚のないものです。行為者に悪意はなくとも、被行為者が不快に感じることもあります。良かれと思った言動が相手を不快にさせることだってあるのです。行為者が気付いていないのであれば、被行為者が「不快に感じた」と伝えることも必要です。もちろん、立場や状況によっていいにくい場合も多分にあるでしょう。とすれば、「誰もが行為者になる可能性がある」と常々意識を持つことが重要です。それでも、気づかず相手を傷つけたり、気分を害したりしたことがわかった場合には、素直に謝りましょう。
ハラスメント対応において、線引きを明確にし、公平な判断を下すことは必要ですが、もっと大切なのは「不快に感じたことを不快に感じたと言える」「相手を傷つけたならそれを謝ることができる」そんな心理的に安全な職場を作ることではないでしょうか。
これらの意識を職場で啓発し、働きかけていくのは人事部門の大切な仕事だといえるでしょう。
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