合同会社デジタル鑑識研究所 代表
2021.05.10
新入社員に「ツイッターやってる?」と聞けば、かなりの割合で「いえ、やってませんね」と答えが返ってくるのではないかと思います。
なぜでしょう?
それは、ツイッターが楽しいからです。楽しい理由は、本音が出せるからです。ツイッターは、ポジティブなこと、ネガティブなことなど、そのときの気分で好きなことを発言できます。つまり意識する、しないに関わらず「素」の自分が出ています。それゆえ職場にはプライベートなアカウントを知られたくないのです。
そんな理由があるからこそ、本音が出ているから、社員が何か失言をしてしまうのではないかと心配する会社側と、職場とプライベートでの顔を分けたい社員との間で、「ツイッターやってる?」「いえ、やってませんね」、という問答が繰り返されることになります。
会社としては、社員がツイッターをはじめとするSNSで不適切な発言をしないと信ずることができるなら、わざわざ社員のプライベートにまで踏み込みたいとは思っていないはずです。
ツイッターをはじめとしたSNSがもつ「本音で話せる」という特性は、企業にとって目の上のたんこぶになるばかりではありません。それどころか、実は好都合なものでもあります。
今までであれば、マーケティングのために消費者の意見を集めようとすると、お金をかけてモニターを募ったり、アンケートを実施したりする必要がありました。ところが、ツイッターでは、何もしなくても自社の製品やサービスに関する発言に触れることができてしまいます。しかも、その声はモニターやアンケートのように身構えた発言ではない生の声です。こんな貴重なリソースを使わない手はありません。
また、ツイッターはコミュニケーションツールですから、ソーシャルリスニングのように、単に情報を集めるだけに使うのではもったいないといえます。使い方次第では、とても強力な広報ツールにもなるのです。顧客とのエンゲージメントを高め、愛着を形成することで企業のファンを増やすことができます。中の人、いわゆる日頃の運用管理をする人員の手腕にもよりますが、普段まったく交流がない異業種他社との交流や、ツイッターでの会話をきっかけとしたコラボレーションが生まれ、大きな話題となることだってあります。そのようにして企業の認知を拡大することで、消費者の記憶に社名やブランド名をしっかり定着させることができるのです。
なによりツイッターの魅力は広告でも打たない限り、利用するだけということであれば「無料」であるところです。
こうしてツイッターのいいところばかりをご紹介すると「そうはいっても炎上リスクがあるから……」とおっしゃる向きが出てくることと思います。特に管理部門の方からすれば、ツイッターの有用性は理解しつつも炎上リスクがぬぐえないため、その利用に消極的とならざるを得ないかもしれません。ひとたび炎上騒ぎが起きれば企業イメージは悪化し、それまで築き上げてきた企業ブランドの失墜という事態を招きます。そのようなことになれば、その損失は計り知れません。
でもご安心ください。炎上リスクは限りなくゼロに近づけることができます。個人のやらかし、いわゆる「バカッター」と呼ばれるようなものは別論として、企業の炎上にはある程度類型化された原因があります。
いくつかを例示してみましょう。
○ 恐怖心の希薄化(慣れ) |
企業公式アカウントの炎上は、ほとんどがこの三類型に分類できます。類型と言っていますが、実は中の人の変化を時系列で追っているにすぎません。
実際に時間を追ってみていきましょう。
企業公式アカウントの中の人として運用を任された当初、多くの場合、会社の看板を背負い世界に向かって発言するのはとても怖く感じるものです。ですから、言葉選びも慎重を極めます。しかし、経験を積んでいくに従い、徐々に恐怖心は薄れてきます。それとともに言葉の選び方が雑になっていく傾向があります。炎上リスクの高まりです。
そして、ある程度の人気アカウントになると、アカウントの人気を自分個人の力量だと勘違いしてオレ様化します。これは誰もが通る道で避けられません。そこで内省してオレ様化に歯止めを掛けられるか、それとも独善性を強めていくかによって、炎上リスクが大きく変わってきます。オレ様化した中の人は、周囲の意見を聞き入れなくなり、自分は無条件で受け入れられると考えるようになり、自ら炎上リスクを上げてしまいます。
最後は、ブレーキが利かなくなった中の人がはしゃいで失言を放ち炎上するというわけです。
いまお話をしたのは、中の人の失言による炎上ですが、一方で最近の炎上例には、企業側の発言にはそれほど問題がないように思えるものが散見されます。言葉狩りと言ってもいいような事案です。
言葉の意味や定義というものは時代と共に変遷しています。ちょっとした解釈の違いが生ずることは避けられません。ですから、これは正誤や当否の問題ではなく、炎上というよりいわゆる「クソリプ」(ツイートに対するリプライ(返信)のうち、わざと見当はずれな意見や感情を逆なでするコメント、罵倒などを意図したもの)の累積と考えるのが妥当です。
とはいうものの、やはり企業イメージの毀損はできるだけ避けたいものです。
ちょっと想像してみてください。お店にお客様が来ました。皆さんは無機質に商材だけを淡々と紹介する人と、雑談を交えながら商品の紹介をしてくれる人のどちらから買いたいと思いますか?
この質問をすると、ほとんどの方は後者だと答えるでしょう。そして、おそらくそれは妥当な選択です。ところが、そうではない人もいます。私は店員から話しかけられるのが苦手です。できれば放っておいて欲しいと常々思っています。では、先ほどの質問で私のような人がいる可能性を想起できましたか?
実は、クソリプを回避する難しさのひとつはここにあります。言葉というのは、それが指し示す対象があります。そして、その対象から外れている集合(補集合)もあるわけです。
通常であれば、ある言葉を発するとき、発言者はその言葉が指し示す対象を意識しています。リアルの社会(場)で話をするとき、発言は目の前の人にしか届きません。でもツイッター上では、発言者が意識している対象に含まれない、補集合にもその言葉が届きます。ここがリアル社会とツイッターの大きく異なる点です。リアルではとても社交的でコミュニケーションがうまく図れている人が、ツイッターでも上手く立ち回れるとは限らない理由のひとつがここにあります。
ツイッターで炎上を回避するためには、この補集合を意識すること、補集合に自分の発言がどう受取られるのかを想像することが必要なのです。
いま挙げた考え方は、なにも公式アカウントの中の人に限ったことではありません。SNSを利用するすべての人に共通するリテラシーです。個人であっても「自分」というブランドを背負った公式アカウントなのですから。
新入社員のSNSリテラシーを向上させる方策として、研修の中に「公式アカウントでの発言」を組み込んでみるといいかもしれません。実際にそうしたことを行っている企業がみられるようになってきていますが、これにより、企業の看板を背負って発言する重みと怖さがきっと実感できるはずです。そして、その怖さを個人アカウントのときも忘れないようにしていただければ、よいのだと思います。
とはいうものの、各発言の炎上リスク評価は、単に文言の適否だけでなく、前後の文脈のほか、ツイッター内におけるアカウントの立ち位置や受け入れられ方、普段のコミュニケーション状況、そのときのトレンドなど多角的な検討が必要です。
また、中の人の上司にあたる方がSNSに精通しているとは限らず、うまくコントロールできない場合もあるでしょう。さらには、新たに運用を始めようとされている企業にとっては、運用ポリシーの設定など、踏むべき手順を知っておくべきだといえます。
弊社では、アカウントの運用代行や投稿案の事前チェックサービスを提供しています。そういったサービスを利用するのも炎上リスク回避策として有効です。
冒頭であげた通り、ツイッターは楽しいものです。それは個人にとってだけでなく、企業などの法人にとっても同様です。だからこそ上司や管理部門の方には、頭ごなしに制限するのではなく、楽しくなるように、そして企業にとってもプラスになるように誘導していただきたいと思います。
(本文イラスト:吉川すずめ)
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