「ビジネスに数学は必要か?」を考える

ハーモニービジョン株式会社 代表取締役
TACビジネス数学検定講座講師鈴木 伸介

2021.05.17

ほぼ全ての人が経験したことがある「数学」。
ただ、これほど人によって捉え方が異なるものも珍しいと思います。

あなたは「数学」と聞いて、どんなことをイメージしますか?
学校の授業についていけず成績が伸びなかった苦い思い出や、受験のために必死になってひたすら問題集を解いた記憶、そんなものが蘇ってくるかもしれません。
なかには、数学は好きで成績も良かった、という人もいるかもしれませんね。
いずれにせよ、数学に対するイメージは、人によって実に様々だと思います。

よく「学校の勉強が社会に出て何の役に立つのか」と揶揄されることがあります。
特に数学になると、「サイン・コサイン・タンジェントなんて、社会人になって一回も使ったことがないよ」なんて笑い話がされたりもします。文系の人だったら、高一か高二で数学とサヨナラした、という人もきっと多いでしょう。

さて、ここからが本題です。
この記事で皆さんと一緒に考えたいテーマは、「ビジネスに数学は必要か?」です。
数学は学生までのもの、社会に出たビジネスパーソンには(一部の職種を除いて)まったく無縁のもの、なんて思っている方も多いことでしょう。
しかし、果たしてそれは本当でしょうか?

ある事柄について考えようとするとき、言葉の意味を定義することは重要です。

そう、そもそも「数学」とは何でしょう?

「数学」という言葉の解釈は、人によって多種多様だと思います。
一般的には「数量や図形について研究する学問」とされていて、中学や高校で習った数学はまさしくこれを指していますね。
また、大学以上の専門的な数学になると、高校でやる内容は「こどものお遊び」みたいなもので、もっとその先にはとてつもない世界が広がっています。

数学の授業のイメージ

ただもちろん、ここで我々が扱いたいのは、そんな「数学」ではありません。
そちらの数学は、専門家に任せておくとして、「数学」が扱う領域は、そんな一部の特別なものだけではありません。実は、数学というのはもっと身近な存在でもあるのです。
もちろんこれは、スマホやパソコンに代表される科学技術だけのことを言っているわけではありませんよ。

では、「数学とは何か?」という問いを少し噛み砕いて、「数学とは何をやることか?」という問いに置き換えてみましょう。
言い換えれば、いわゆる「数学をする」というとき、具体的にはどういったことをしているか、ということです。

細かく挙げればキリがないのですが、今回のテーマは「ビジネスに数学は必要か?」ですので、その観点から、「数学とは何をやることか?」という問いに、私なりに答えてみたいと思います。

それは、次の5つです。

 

 ① 数値計算
 ② 状況の正確な把握
 ③ 論理的思考
 ④ 現象の数値化と処理
 ⑤ 抽象化と具体化

 

いかがでしょう。皆さんの考えていたものに近いでしょうか?
あるいは、予想していたものとまったく違ったでしょうか?

皆さんがイメージしていた、あるいは経験してきた数学というのは、例えば、学校や塾で習った定理・公式を覚えて、基本的な例題の解き方を覚えて、問題にその解き方のパターンを適用させて正解を出す、という感じなのではないでしょうか。
そのような解釈だと、やっぱり「高校で習ったサイン・コサイン・タンジェントなんて実社会では不要だ」という結論になってしまいますよね。

ただ、これは「数学」の表面上を見ているだけに過ぎず、数学の本質はもっと別のところにあります。
それが先に挙げた①〜⑤です。

実は我々は、かつて学校や塾で「数学」をやっているとき、(意識的・無意識的にかかわらず)これらのことをしてきていたのです。

では、それぞれどういうことか、ひとつずつ掘り下げてみましょう。

●数値計算
これは疑問の余地はないでしょう。数値計算というのは数学の最も基本的な部分です。
具体的に言うと、四則演算、根号(ルート)、指数計算などの計算処理のことです。

●状況の正確な把握
数学には必ず問題があります。そして、問題を正しく読み解かないと、それ以降の論理がいくら正しくても、出題者が用意した正解にたどり着くことはできません。
つまり、設定や状況を正しく把握することが、正しい答えにたどり着くために欠かせないわけです。

●論理的思考
数学とはロジックです。誰が見ても正しいものでないと、数学的に正しいとはいえません。そこに曖昧さは存在しません。
「こうだからこう」という因果関係を連続させたもので数学は成り立っています。

●現象の数値化と処理
数学とは、具体的な現象を数値という抽象的なものに変換して、その抽象の世界で論理を進めていくものです。
数値として抽象化することによって、汎用性を広げることができたり、他の事がらに応用したり、他から引用し適用することができるのです。

●抽象化と具体化
先の④でも触れたとおり、数学の本質は、抽象化と具体化です。
つまり、個別・具体的な事がらを一般化・抽象化することによって普遍的に扱うことができるわけです。
またその逆に、抽象的な理論を、いま起こっている目の前の具体的な事象に適用させることで、個別の問題を解決することもできます。

どうでしょう、まだあまりピンとこないでしょうか。
では、たとえばこんな問題を例にしてみましょう(これもひとつの「具体化」です)。

 

 りんご 1個とみかん 2個を買ったところ、合計で 300円でした。
 りんご 1個の値段がみかん 1個より30円高いとき、みかん 1個の値段はいくらですか。

 

この問題に答えるときは、まず「②状況の正確な把握」が必要になってきます。
状況設定はどうか、条件は何か、聞かれていることは何か。問題に答えるためには、まずこれらのことを正確に把握する必要があります。

実際この問題を解こうとした時に、昔少し数学を得意としていた人なら、「みかん1個の値段をx円とすると……」と始めると思います。
そして、「りんご1個の値段はみかん1個の値段より30円高い」と、「りんご1個とみかん2個で300円」という条件から、 (x+30)+2×x=300という式を立てていくことでしょう。
これはまさしく「④現象の数値化」です(文字も数値として考えています)。

この (x+30)+2×x=300という式だけを見ると、設定は別にりんごやみかんの値段でなくてもいいわけですね。たとえば、xはA社の従業員数かもしれないわけです。
これが「⑤抽象化」です。
つまり、具体的な状況を数式で表すことによって、抽象的な計算に昇華させることができるわけです。

後はこの方程式を、計算ルールに従って解く(xを求める)ことで、問題で聞かれていることに答えることができます。
このときに必要とされるのが、「③論理的思考」と「①数値計算」です。
(今回はわかりやすいようにシンプルな問題にしたので、それほど「論理的思考」は必要ないかもしれませんが、複雑な問題になると、この「論理的思考」の重要性は当然高まってきます)

さて、いかがでしょうか?
このように、誰もが一度は経験したことがあるような問題を取り上げただけで、さきほどの①〜⑤のことをやっていた、ということに納得していただけたのではないでしょうか?

ただ、いま紹介した方程式の問題は、あくまで単なる一例です。
そして、今回私がお伝えしたいのは「方程式の解き方」ではありません。
テーマは、「ビジネスに数学は必要か?」です。

ではもう一度、先ほどの「数学とは何をやることか?」の5項目を確認してみましょう。

 

 ① 数値計算
 ② 状況の正確な把握
 ③ 論理的思考
 ④ 現象の数値化と処理
 ⑤ 抽象化と具体化

 

いったん「数学」のことは忘れて、純粋にこの5項目だけを見てみてください。
これらが、ビジネスをする上でも重要であるということに気づくと思います。

ビジネスの現場のイメージ

ビジネスをするうえで、現状はどうなっていて、使える条件は何で、何を解決したいのか、これらを正確に把握することはとても重要です。
これは、「②状況の正確な把握」そのものです。

そしてビジネスには、必ず数字がついて回ります。売上・費用・利益・利益率・時間・人数・件数……挙げればキリがありません。
また数字は、互いに四則演算などの計算によって処理されます。数字のないビジネスなんてありません。我々は数字の渦の中でビジネスをしています。
つまり我々は日常的に、「④現象の数値化と処理」や「①数値計算」をしているのです。

またビジネスをしている以上、目標達成のために解決すべき課題が必ずあるはずです。
その課題を克服するため、他社はどうなのか、自社は(あるいは自部署は)過去どうだったのか、といったような他の事例を検討することは多いでしょう。
そのとき、具体的な事例を自社の戦略に活かせるようにするために、「⑤抽象化と具体化」が重要になってきます。
ベンチマーキングというビジネス用語がありますが、やっていることは、要するに「抽象化と具体化」です。

さらには、その戦略に裏付けがあって、妥当性を持たせる必要があります。
行きあたりばったりでは成功確率は低くなるでしょうし、プレゼンの場で説得力が必要になってくることはざらにあるでしょう。
その時に重要になってくるのが、「③論理的思考」です。誰が見ても聞いても納得できるような、一貫性のある論理の裏付けが求められるわけです。

では、まとめに入りましょう。
私の結論はこうです。

 

 ● 数学で求められる力、あるいは数学で身につく力は、効果的にビジネスをする
   上でも非常に重要である。

 ● 数学的思考を身につけることで、ビジネス上のパフォーマンスを確実に高める
   ことが
できる。

 

「数学」という言葉には妙な魔力があるようです。「自分は数学ができないので……」というだけで、まるで何でも免除されたり、不都合から逃避できるような気がしてしまうのは不思議なものです。
しかし、極端な話しをすれば、どんな名前で呼ぶかはどうだっていいことなのです。
先の①〜⑤の力はビジネスで必要、そしてそれらは数学をやることで身につく、
もしそう感じたなら、数学をやればいいのです。

「それはわかったけど、具体的にどうやって数学を勉強すればいいの?」

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Profile
鈴木 伸介
早稲田大学理工学部卒業。ハーモニービジョン株式会社代表取締役
医学部受験数学マンツーマン指導Focus代表講師。おとな数学オンラインサロン主宰。
中小企業診断士。ビジネス数学検定1級AAA。

医学部合格を目指す受験生に数学マンツーマン指導を行う一方、社会人を対象に数学的思考を伝える活動を精力的に行う。数学に苦手意識を持つ人から数学ファンまで、多くのビジネスパーソンに幅広く数学の価値や魅力を伝えている。
また同時に、企業のデータ分析を通して、売上や利益向上の支援も行っている。

TACでは、「ビジネス数学検定2級・3級講座」「統計検定2級・3級・4級講座」「統計調査士講座」「中小企業診断士講座経済学」の講師を担当。
著書に『もう一度解いてみる入試数学』(すばる舎)がある

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