人事担当者必見! 2023年度版

【人事労務関連で確認しておきたい法改正事項 Vol.2】給与デジタル払いの解禁

社会保険労務士後藤 朱(ごとう・あけみ)

2023.05.22

こんにちは。社労士の後藤です。

2023年度も、人事・労務担当者にとって重要な法改正が行われています。このコラムでは、人事・労務担当者が押さえておくべき改正点と、企業側で必要な対応のポイントを7回に渡ってご紹介します。ぜひ日々の業務にお役立てください。


給与デジタル払いの解禁 
【対 象】全企業 【施行日】2023年4月1日施行

第二回目は、給与デジタル払いの解禁について紹介します。

毎月の給与は、労働基準法において「通貨で支払わなければならない」と定められています。

法律では、現金手渡しで労働者に支払うことを原則に考えています。そして、労働者から同意を得た場合には金融機関の預金口座への振込みにより支払うことができるというルールになっています。

給与については、労働者の生活の根幹にかかわる重要なものですから、会社から労働者に確実に支払われるよう、労働基準法できちんとルールが決められています。

この給与の支払い方法について、2023年4月から労働基準法施行規則が改正され、新たに「デジタル払い」という選択肢が加わりました。

現時点では、まだデジタル払いに対応する業者登録を行っている最中ですから、実際の運用開始はまだ先になりますが、今回は、新しい給与の支払い方法の選択肢として「デジタル払い」を導入する際の企業側の実務上のポイントを解説していきます。


1.給与のデジタル払いとは?

 

【POINT】
・労働者、使用者双方の希望があって実現するものです(強制ではありません)
・資金移動業者は、厚生労働大臣が指定を行います

 

今は、スマホがあれば、現金をもっていなくてもキャッシュレスであらゆることに対応できます。キャッシュレス決済には、PayPayやd払い、楽天ペイなどいわゆる「ペイ払い」といわれるものがあり、これらは資金移動業者から送金を行うシステムです。

今回の制度改正により、会社は「資金移動業者」の口座に「給与」を支払うことができるようになりました。

給与のデジタル払いに利用できる資金移動業者は、厚生労働大臣に申請のうえ、指定された「指定資金移動業者」に限られます。2023年4月1日から指定資金移動業者の申請がスタートし、現時点で指定資金移動業者はまだ決まっていません。今後の動向に注目していきましょう。

また、給与のデジタル払いは、①会社が給与デジタル払いの制度を導入すること、②労働者側がデジタル払いでの給与支払いを希望すること、この2点をもって実現します。どちらか一方だけの希望で実現するものではありません。


2.デジタル払い導入にあたって会社が必要な手続き

 

【POINT】
①労使協定を締結すること(会社と過半数組織労働組合又は労働者代表との協定)
②デジタル払いでの給与受取りを希望する労働者から個別に同意を得ること
この2点が必要です。

 

①労使協定を締結すること

デジタル払いを導入するにあたっては、会社と労働者の間で、書面又は電磁的記録による労使協定を締結しなければなりません。

なお、協定の締結においては、会社と労働者で合意した上で労使双方の合意がなされたことが明らかな方法(記名押印又は署名など)により協定を締結しなければなりません。電磁的記録により協定を行う場合は、その真正性を担保するため、署名等に代えて、「電子署名」により行うことが望ましいとされています。労使協定では、次の事項を協定します。

(1)口座振込み等の対象となる労働者の範囲
(2)口座振込み等の対象となる賃金の範囲及びその金額
(3)取扱金融機関、取扱証券会社及び取扱指定資金移動業者の範囲
(4)口座振込み等の実施開始時期

②労働者から個別に同意を得る

デジタル払いでの給与受取りを希望する労働者には、次の【労働者への説明事項】の内容を説明したうえで、個別に同意書をとる必要があります。同意書には、【同意書への記載事項】の内容を含めなければなりません。同意は、書面又は電磁的記録により行います。

 

 

【労働者への説明事項】

1.資金移動業者口座の資金

資金移動業者口座の資金は、預貯金口座の「預金」とは異なり、為替取引(送金や決済等)を目的としたものです。労働者が資金移動業者口座への賃金支払を利用する際には、口座への資金移動を行う賃金額は、為替取引(送金や決済等)に利用する範囲内とし、送金や決済等に利用しない資金を滞留させないことが必要です。このため、資金移動業者の口座への資金移動を希望する賃金の範囲及びその金額(希望額等)については、労働者の利用実績や利用見込みを踏まえたものとする必要があります。また、希望額等の設定に当たっては、資金移動業者が設定している口座残高上限額(100万円以下)及び指定資金移動業者が1日当たりの払出上限額を設定している場合には当該額以下に設定する必要があります。 また、賃金支払が認められる資金移動業者口座は、資金の受入上限額が100万円以下となっています。このため、賃金支払に当たって口座の受入上限額を超えた場合の送金先の金融機関名又は証券会社名及びその口座番号等をあらかじめ登録しておく必要があります。仮に受入上限額を超過した際には、あらかじめ登録された預貯金口座等に資金移動業者が送金を行いますが、その際に送金手数料の負担を求められる場合があります。

2.資金移動業者が破綻した場合の保証

銀行等の金融機関が破綻した場合には、預金保険法に基づく預金保険制度により一定額の預金が速やかに保護されますが、賃金支払が認められる資金移動業者が破綻した場合には、預金保険制度の対象とはなりません。資金移動業者が破綻した場合には、資金移動業者と保証委託契約等を結んだ保証機関により、労働者と保証機関との保証契約等に基づき、速やかに労働者に口座残高の全額が弁済される仕組みとなっています。

3.資金移動業者口座の資金が不正に出金等された場合の補償

賃金支払が認められる資金移動業者口座の資金が労働者の意思に反して権限を有しない者の指図が行われる等の労働者の責めに帰すことができない理由により口座の資金が不正に出金等された際に、労働者に過失が無い場合には損失全額が補償されます。また、労働者に過失がある場合にも損失を一律に補償しないといった取扱いとはされず、少なくとも個別対応とされます。なお、労働者の親族等による払戻の場合、労働者が資金移動業者に対して虚偽の説明を行った場合等においては、この限りではありません。また、損失発生日から一定の期間内に労働者から資金移動業者に通知することが資金移動業者による補償の要件となっている場合には、当該期間は少なくとも損失発生日から30日以上は確保することとなっています。

4.資金移動業者口座の資金を一定期間利用しない場合の債権

賃金支払が認められる資金移動業者口座残高について、資金移動業者が利用規約等により有効期限を定める場合には、口座残高が最後に変動した日から少なくとも10年間は債務が履行できるようにされていることとなっています。

5.資金移動業者口座の資金の換金性

賃金支払が認められる資金移動業者口座の資金は、現金自動支払機(CD)又は現金自動預払機(ATM)の利用や預貯金口座への出金等の通貨による受取が可能となる手段を通じて資金移動業者口座の資金を1円単位で払出をすることができます。また、少なくとも毎月1回は、労働者に手数料負担が生じることなく資金移動業者口座から払出をすることができます。

 

   

 

 

【同意書の記載事項】

1.口座振込み等を希望する賃金の範囲及びその金額

2.労働者が指定する金融機関店舗名並びに預金又は貯金の種類及び口座番号、労働者が指定する証券会社店舗名及び証券総合口座の口座番号、又は労働者が指定する指定資金移動業者名、資金移動サービスの名称、指定資金移動業者口座の口座番号(アカウントID)及び名義人(その他、指定資金移動業者口座を特定するために必要な情報があればその事項(例:労働者の電話番号等))

3.開始希望時期

4.代替口座として指定する金融機関店舗名、預金若しくは貯金の種類及び口座番号又は代替口座として指定する証券会社店舗名及び証券総合口座の口座番号

 

   

 

同意書については、厚生労働省ホームページにてサンプル様式が示されています。こちらも参考に作成してみてください。

 

 

同意書の様式例(局長通達2の別紙):001017091.pdf (mhlw.go.jp)

   

 

なお、会社はこの同意書で同意しない労働者に対しては、給与のデジタル払いを行うことはできません。


3.給与デジタル払い導入のメリット、デメリットは?

給与デジタル払いを導入するにあたって、企業側は給与支払いまでのフローの見直しなど、さまざまな対応が必要です。導入にあたってのメリットについて考えていきましょう。

まず、労働者にとっては、賃金の受け取り方を自由に選択することができ、利便性が向上します。また、企業側としても、労働者からの幅広いニーズに対応することができるようになり、社員満足度の向上等に寄与することができるでしょう。

今回のデジタル払いでは、給与の一部をデジタル払いで受け取る選択も可能です。

デジタル払いで受け取る範囲については、先ほどの同意書にて労働者が指定することができるので、例えば

・固定的な生活費分(家賃、水道光熱費など)は銀行口座への振込みで受け取る
・それ以外の日常生活費はデジタル払いで受け取る

といった方法も考えられます。労働者側からすると、口座からお金を引き出す手間が省けるので、メリットが大きいと言えるでしょう。

一方、デジタル払いを導入するには、これまで述べてきたように、導入するまでの事務手続きが煩雑なうえ、給与振込みのフローが増えるという点で、企業側にとっては事務負担が大きくなるというデメリットも考えられます。

まだ、本格的な導入までは時間がありますが、今、企業側ができることとしては、まず労働者側の意識調査を行ってみるのもよいでしょう。そのうえで、会社と労働者とでよく検討していきましょう。

Profile
後藤 朱(ごとう・あけみ)
早稲田大学社会科学部卒業。 2015年に社労士試験合格、2017年3月に社会保険労務士事務所を開業。 新卒で入社した会社では約12年間にわたり、資格参考書の編集職に従事。社会保険労務士をはじめとして、衛生管理者、日商簿記、ITパスポートなど、数多くの人気資格書の編集を担当してきた。自ら企画した新刊は20冊を超える。現在はフリーランスとなり、社労士業(企業各社の人事業務支援、雇用関連助成金のコンサルティング、各種年金の申請等)を行うほか、社労士関連の原稿執筆を行っている。

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