【人事担当者を元気にするコラム Vol.43】食の巨人・ネスレにみたグローバルな輝き

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2023.05.26

世界の“食”の展示会が、毎年冬、ドイツのケルンで開催されていることをご存知でしょうか? ケルンの冬はとても寒く、会場近くを流れるライン川が凍ってしまうほどの寒さの時期に開催されます。私は食料海外事業部に所属していたころ、この展示会場でブースを担当していたので、毎年1月下旬から2月上旬にかけて、ケルンを訪問していました。

冬のケルン
世界中の食品メーカーが集う、世界的なイベントだけに、たくさんの人が集まり、会場がエネルギーにあふれていたことを思い出します。“食”に魅せられた人は世界中にこんなにたくさんいるのか、というのが、初めてケルンの展示会場に足を踏み入れた時の素直な感想です。

各社のブースはそれぞれに特徴があり、ブースで対応を担当する合間に、会場内をめぐるのがとても楽しみでした。なかでも欧州メーカーの規模の大きさには毎回、圧倒されていました。もちろん、欧州開催という地の利があるのも事実ですが、エンターテイメント型のイベントとして位置づけられていたように感じています。真冬でありながら、心には暑い夏のエネルギーが流れていたように思います。

そして最も、訪問することを楽しみにしていたのが、タイトルにもあるネスレ(Nestlé S.A.)。
日本ではネスカフェなどのイメージが強く、コーヒーのメーカーのようにとらえている方もいらっしゃいますが、実は、まさに「食の巨人」であり、世界の中で目標にされるチャンピオン企業だといえます。
スイスに本社を構えるネスレは、2022年の売上高が944億スイスフラン(日本円で約14兆3,219億円)、株主帰属純利益は93億スイスフラン(約1兆4,1095万円)となっています。従業員数は27万人にものぼり、工場数も81ケ国に376工場を抱え、186の国で販売を行う、まさに巨人だと感じています。

そのネスレのブースは、まるでオフィスのようでした。入口にはアポイント用のボードがあり、そのボードには役員クラスの名前と予約用のボタンがあります。
会いたいときには、その人の名前の横にあるスイッチを押して、ライトをつけ、アポイントをとる仕組みになっていました。主にディレクタークラスだったと思いますが、10名くらいの名前が記されていました。
私たち日本のブースとは大違いです。我々のブースでは「Mr. ○○はいますか?」とか、「この商品について聞きたいんだけど」というノリで、アポをとり商談に入っていきます。世界のトップ、ネスレとの差はアポイント一つとってもあきらかでしたね。スタートから大きく異なり、圧倒されていました。さすが世界のトップ企業は一つ一つの仕組みから違うなあと心底、関心していました。

当時は、マーケティングを学んでいたこともあり、世界のネスレのマーケティングについて聞いてみようを思っていました。30代前半、強気の私がそこにいました。
ネスレのブースに行って、アポイントボードを見ていくと、マーケティング担当はすべて商談中。しかし、ひとつだけ「空き」のランプがついていました。それは常務取締役の人事部長。せっかくきたのだから、なにか話を聴こうとボタンをプッシュ。すると奥から、背の高い、まさにビジネスエリートを絵に描いたような人物が現れました。ネスレのトップエグゼクティブです。
30歳代前半の私はどきどきしながらも、いろいろお話をしました。いろいろ話していると、彼からは「ネスレに入社したいのか?」と尋ねられ、「いやいや」と断った後、常々、疑問に思っていたことを尋ねることにしました。
それはネスレ社の離職率の低さです。欧米企業の場合、ビジネスパーソンが一般的に1社にとどまることは少なく、転職を繰り返しながら、キャリアアップをしていくことが多いといわれています。そのような環境にあっても、ネスレの社員はあまり転職をしない。なぜなんだろう? いつも疑問に思っていました。そこで、「ネスレの社員はなぜ、やめないのでしょうか?」ダイレクトに質問をしました。

するとその人事部長は、「うーーん」といった後、一言、こう言いました。
「ステージがあるからかな」

「ステージ?」私は聞き返しました。
その人事部長いわく、ネスレには世界中に工場やオフィスがある。たとえば、ある若者がブランドマーケティングをやりたいと思ったとして、米国ネスレにはその枠がない。ただ、世界規模で考えているので、そういうときには「ブラジルでブランドマネージャーやってみるか?」あるいは「インドネシアでブランドを考えてみるか?」ということになるそうです。
多くの国に進出していないと、ブランドマネージャーの数や活躍する場所は限られます。世界中に進出しているネスレでは、いたるところに働く場所、活躍する舞台があるということです。国を超えて、自分のやりたいことや活躍する場がある。だからやめないのかなあ、と言っていました。
ネスレの環境を、ステージという一言で伝えてくれたのだと思います。

その話を聴いた時の私の感想、「おお! かっこいいなあ」。
とてもシンプルな感想ですが、心の底から感じた言葉でもあります。
これは今から25年くらい前の話なのですが、その時聞いた「ステージ」という言葉は、今も私の心に強く残っており、グローバル展開していく中で、大切な言葉ではないかと感じています。日本の食品企業でどれだけの企業が、「ステージ」などと誇らしく語ることができるのでしょうか?

さて、私たちがケルンへ出張するときは、だいたいロンドン経由で入り、もどるときは、輸出入のビジネスがあったスペインにたちよってから帰国していました。
個人的には、この順番がとても大切だと感じていました。寒いさむいケルンから、あたたかで、オープンなスペインを経て帰路につく。あたたかなハッピーな想いで帰国をしたい、と思っていました。
私はスペイン人にはとても人気があり、相性がとてもよかったと感じています。
オープンでおおらかなマインド、温暖な気候、とってもおいしい食事、どれ一つとっても大好きなものばかりです。

バレンシアの街
仮に、私が生まれ変わって今を過ごしているのだとしたら、その前はスペインに住んでいたのではないかと思うこともあります。初めてスペインを訪問し、バレンシアを歩いていた時、ふと路地で「懐かしい」という感覚になったことがありました。なぜかいだいた感情です。もしかすると、私のラテンの感覚は、生まれ変わる前の記憶がDNAレベルで入っているのかもしれませんね。
みなさんも初めての土地なのに、なぜか懐かしいという感覚になったことはありませんか?

スペインの人たちの、楽しく働くというあのラテンのノリは、日本人にとっても学ぶべきことがたくさんあるように思います。もう引退してしまいましたが、日本に来るたびに、よく食事をしていたロペスさん。ディナーをしながら、「この食事はいかがですか?」と問いかけると最高の笑顔で、親指を立て一言。「パーフェクト!」
「今日のイベントはどうでした?」そこでも最高の笑顔で「パーフェクト」と。一部からは「パーフェクトおじさん」ともいわれていました。
それは最高の反応でした。笑顔と「パーフェクト」という言葉、とても印象に残っています。

日本人も、もっともっと感情表現をゆたかに伝えていくといいですよね。よく国際会議で言われている、さらば3Sを目指していきましょう。
3Sとは「サイレント、スリープ、スマイル(silent, smiling, sleeping)」のこと。特にスマイルは、意味がわかっていないのに笑うという意味で、不気味に思われることもあるようです。残念ながら……。

世界からみた日本の出来事や、日本からみた世界の出来事に差があることもよくあることと思います。私の体験の中では、フランス出張での出来事がそれにあたります。

それはパリのメーカーで商談を終えたあと、担当者と世間話になったときのこと。当時、私の子どもは昆虫にとても興味をもっていました。あの『ファーブル昆虫記』を通じて、昆虫の不思議さに目覚め、将来は、昆虫博士になるのではと思えるほど傾倒していたのです。
子どもに「世界でどこかいきたいところある?」と問いかけると、なんと「ファーブルの生まれた家にいきたい」と言っていました。ジャン・アンリ・ファーブルの家はパリ郊外にあって、記念館のようになっているということをきいていました。そこで商談の終了後、「ファーブルの生まれた家に行きたいのだけれど、ここから近いのでしょうか?」と尋ねてみました。
これまで各国を訪ねた際に、その国の英雄的な人や人気のある人を話題にするといつも盛り上がっていたところから、そう聞いてみたのです。すると、意外な反応が…

「ファーブルって誰?」
「うそでしょう? あの有名なファーブル昆虫記のファーブルですよ」
「昆虫記? だれそれ?」

まさかの反応。
商談のメンバーは5人くらいいましたが、お互いに顔を見合わせ、フランス語で、「お前、知っているか?」的な話をしているようでした。
しばらくすると、「研究員のミスター○○なら知ってるかも?」ということになり、その方に聞きに行ってくれました。
すると、「ああ、ファーブルね」っていう感じになったのですが、実はそれほど有名ではありませんでした。とてもびっくりしましたが、このように日本の認識と世界での認識がずれていることもあるのだなあと感じたことを覚えています。

そのあとで、ファーブルの生家を調べてもらいましたが、とてもすぐに行ける距離ではなく、あきらめたことを覚えています。子どもにお土産をと思っていましたがとても難しいということがわかりました。

私たち日本人も、日本のことをすべて知っているというわけではないので、ある面、同じかもしれませんね。
以前、外国の方から、「ミスター山本、“わび”と“さび”の違いはなんだ?」と聞かれたことがあります。日本語でも答えるのが難しいのに、英語では至難の業ですよね。
なかなか難しい問いもありますが、やはり自国のことをしっかり知っていくことこそ、世界に発信するときに大切なことだと思います。「インターナショナル」という言葉も、「インター」つまり自国が先にきていますよね。

会社としてグローバルに展開するためにも、個人としてグローバルに活躍するためにも、世界を知るとともに、自国のことをより知っていくことって大切なことだと感じます。逆説的ですが、世界と渡り合うためにも、自国のことをおおいに学ぶことが大切なのだと思います。

*ネスレWebsite「ネスレS.A. 2022年の業績を発表」より
 https://www.nestle.co.jp/media/pressreleases/full-year-results-2022

 

  【お知らせ】
山本実之氏による「人事担当者を元気にするコラム」の連載3周年を記念して、山本実之氏からコメントをいただきましたので、ご紹介いたします。
山本実之氏による「元気が出るコラム」連載3周年記念特設ページ
 

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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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