【人事担当者を元気にするコラム Vol.53】問いの力が文化を変える

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2024.03.29

私たちは日ごろ、自分自身に対して、そして他の人々に対して、どんな問いかけをしているでしょうか?
問いかけには、とても大きな力があるといわれています。なぜなら、人は何かを問われると、自分で自動的に答えを考えてしまうという、脳の習性をもっているからです。
私たちは日ごろ、リーダーとして、先輩として、どんな問いをメンバーにしていますか? 問いかけの種類に幅をもたせること、バラエティ豊かにすることは、メンバーを指導、育成する視点や方向性を多く持つことと、直結することとなります。

「問い」と同じ意味をなす言葉で「質問」という言葉があります。
みなさんはどのような違いを感じますか? 「質問」という言葉の背景には、相手に問いただしつつ、正解を求めていこうとする傾向があると思います。つまり、あっている、または間違っているということを、無意識下で尋ねていることにつながると考えられます。
一方、「問い」には正解を求める思いはありません。ただ問いをたてている、そしてそれに、ただ答えているという関係性です。
私が資格を有しているコーチングにおいては、今、「質問」から「問い」へシフトしようという動きがあります。クライアントに対して、必ずしも正解を求めているわけでなく、問いを通じて、新しい気づきや視点を得てもらうことに重きを置いているからです。

現代のビジネス社会は正解のない時代を迎えており、そのためリーダーも、質問から問いへの変換を求められているように感じています。
問いの中には正解を求めるマインドはありませんので、「君はどう考えているの? 何を考えているの?」という相手への関心や、相手がどう考えているか教えて欲しいという、いい意味での興味にあふれる言動になっています。
リーダーからしっかりと興味、関心をもって問われれば、メンバーはとても嬉しく感じることでしょう。

世界No.1といわれるフィンランドの教育では、この問いがよく行われているといわれています。普通ならば正解(正答)が求められる科目である算数ですら、生徒が誤った答えを出すと、先生はこういうそうです。「なぜ、そう思ったの? なんでそう考えたの?」と。それも興味を最大限にもって、訊いていくといいます。

イメージ:フィンランドの授業風景

ホテル業界で、世界一のホテルといえば、やはりザ・リッツ・カールトンホテルでしょう。ある方がリッツ・カールトンの社員に「リッツ・カールトンはなんで、いつも世界一なんですか?」と尋ねたそうです。すると、その社員は「特別なことはないけど、あえていうとすれば、日ごろ、私たちがいっている言葉にあるかもしれないな」と言って、彼らが普段使っている言葉を教えてくれました。それは「俺たちの今の行動は世界一か?」という問いだそうです。

この「世界一か?」という問いは、世界一の姿、行動を追っていくことになりますね。世界一のためには妥協はできませんし、サービス一つとっても、最高のものを追い求めていくことになると思います。
フロント、ドアマン、コンシェルジェなど、すべての社員がいつもこの問いを心にもって、自分自身に問いかけているのですから強いわけです。素晴らしい問いであり、この問いこそがリッツ・カールトンをダントツの世界一に導いているのだと思います。自らの問いが行動を促している、よい例だと感じます。
こういった問いは、ホテル業だけでなく、スポーツやすべての業界で活用できるように思います。スローガンを強制されるよりも、自分たちで自発的に出した答えの方が、はるかに大きなエネルギーにつながるといわれています。

2023年に日本中を熱狂させたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で監督を務めた、栗山英樹氏のセミナーを聞く機会がありました。
栗山氏は大谷翔平選手をジャパンに召集するときも、入ってくれとは一度もいわなかったそうです。食事をしながら、(WBCメンバーへの参加について、ことわることは)「ないな、ないよな!」という空気感を全面に出していって、結果として、大谷選手の参加につなげたそうです。
また決勝戦で、ダルビッシュ有選手と大谷選手が8回、9回に登板したことも、監督から「投げてくれ」とは一言もいわなかったそうです。「自ら投げます」という言葉を待ったそうです。
自ら言い出したときの強さを知り抜いていたからこそ、信念をもって、待つという行為につながったのだと思います。さすが、プロ野球界で三原マジックと賞された、あの三原脩監督の采配を学んだ監督だと感じます。

組織にとって、本当に手に入れたいものがあれば、命令よりも問いの形で伝えた方が手に入りやすいといわれる所以です。人は、他人からこうしろとか、こんな風にしてくださいと一方的に決めつけられると、反発や嫌悪感をいだきやすいのです。それに対して問いは、相手の頭の中に、スーッと入っていく特徴があり、自ら導いた答えは、実現していきたいと感じる性質をもっているのです。
もし、リーダーが組織風土を変えたいと考えていたとしたら、その問いそのものを変えていくことが最も効果的な行動と考えられています。

日ごろのリーダーの問いが、その部署や会社の文化、空気、全体感を決めていくといっても過言ではありません。たとえば、リーダーが「今、売上はどうなっている?」「今の利益はどうだ?」などといつも問いかけていれば、メンバーの思考の中には常に売上、利益のことで支配されていくことになると思います。
一方で、「お客様はよろこんでいるか?」「お客様は満足しているか?」といった問いかけをしていれば、メンバーはお客様との関係性を意識して行動していくこととなります。リーダーの問いがメンバーの思考や視座を決め、その先にある行動に影響を与えていくことになるのです。
つまり、ビジョンをベースとして、意識的に行う、問いそのものが、メンバーの行動に直結していくということです。メンバーの行動変容にフォーカスした問いをクリエイトしていくことがとても重要になっていきます。

日ごろ、問いのバリエーションをどの程度持っていますか?
問いについては、クローズド・クエスチョン(「Yes or No」など、相手に回答の選択肢を与えて、そのなかから回答を選ばせる形の質問)と、オープン・クエスチョン(相手の回答を制限せず、自由に回答してもらう質問)とがあります。どちらがよくて、どちらが間違っているということではありませんが、オープン・クエスチョンの方が、より意見が広がると言われています。
実際の場面では、意識していないと、クローズド・クエスチョンになってしまうことが多いと感じます。たとえば、「あの仕事、やったか?」「あの資料の準備終わったか?」などなど、気がつくと、クローズド・クエスチョンを連発している自分が多いのではないでしょうか?
企業の管理職の質問の70%以上が、クローズド・クエスチョンに分類されるというデータもあります。よりよい問いとするためにも、ぜひ、オープン・クエスチョンの練習をしてみませんか?

イメージ:問いかけをしてみるそのためには、クローズド・クエスチョンをオープン・クエスチョンに変えるテクニックをもつといいと思います。たとえば、子供に対して、「宿題やったの?」というイエス、ノーでしか答えられないクローズド・クエスチョンをした場合、「やったよ」の言葉で終わってしまうこともあると思います。
もしそれをもオープン・クエスチョンに変えたとするとこうなります。
「最近は、どんな宿題が多いの?」「今日の宿題はどれくらい時間がかかりそう?」
そんな質問ならば、きっと親子間の会話もふくらんでいくのではないでしょうか?

また問いには「重い問い」と、「軽い問い」があるといわれています。軽い問いは比較的答えやすい問いのことを指し、重い問いは、やはりいいにくい問いのことを指します。
場面や相手に合わせ、選択していくことが大切になっていくことと思いますが、一般的に未来に向けた問いは明るく、軽い問いになりやすい傾向があります。
また、価値観を聞く問いは、重い問いになることはありますが、その問いによって、人生への気づきを与えることもありますので、重い問いがいけないというわけではありません。
ただ、問いに重量感があることを意識するだけでも、問いのバリエーションをふやしていくことにつながると確信しています。

問いをするためには、スキルとともに、もう一つ必要なことがあります。それは心構えであり、勇気です。質問をすれば、相手は答えを探すというのは、先ほどお伝えした通りです。問いをすれば、相手はなにか言葉を発します。その言葉は、尋ねた本人にとって、予想外だったり、心外だったり、ききたくないことだったりすることも十分にあります。
多くのマネージャーはそのことを体感的に知っているのか、あまり問いや質問をしないことが多いと思います。つまり、無意識の防衛本能から一方的に話し続けるという行為です。
なにを隠そう、新人マネージャーの頃の私が、まさにそうでした。自分のペース、自分の安全地帯で、常に話している状態です。リーダーになりたてのころの面談では、肩に思いっきり力が入っていて、なめられてはいけない、失敗してはいけないという想いが強すぎだったのだと感じます。それは、それは固くて重い会話だったことと思います。
その後に気づいたことは、メンバーはリーダーにそんな完璧な姿は求めていなかったということです。完璧な人間ではなく、もっと、人間的なリーダーを求めているのだということに気づいたのは、リーダーになって数年たってからのことで、なかなか気づきは遅かったですね。

最後にコーチングで大切にしたいといわれている、2つの問いをご紹介します。
1つは「Who are you?」すなわち、あなたは何者なの? あなたはだれ? の問いかけです。この問いに対して、私たちはなんて答えていきますか? この質問は、あなたの存在そのものを答えていく、とても大切な問いになると思います。

もう一つは「Where are you going?」あなたはどこにいくの? という問いです。つまりビジョンということになりますね。その考えはどこからきたの? そしてあなたはどんな人生を歩んでいくの? これはコーチングをする中で、決してわすれてはいけない、2つの問いといわれています。私たちも自らの心に問いてみましょう。

問いによって、今までみえていないものも、はっきりみえてくるのではないでしょうか? 問いをぜひ味方にしていきましょう!


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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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