【人事担当者を元気にするコラム Vol.52】「人」と「事」どちらにフォーカスしていきますか?

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2024.02.22

みなさん、若いメンバーに対して、しっかり指導育成できていますか? なにか注意する場面などで、躊躇することはありませんか? 的確に指導、育成できていますでしょうか?

ビジネスなど様々な場面で、昔に比べて、注意や指導がしにくくなったと思いませんか? これにはパワハラなどの問題が取り沙汰されるようになってきたことも影響しているように感じます。
いずれにしても、指導育成に関して、過去よりも難しく、いろいろな角度から考えながら実施することが、より求められる環境になっていると思います。

今、私は毎週末、心身統一合氣道の稽古を道場で行っています。
この「稽古」という言葉も、とても新鮮で好きな言葉の一つになっています。年齢を重ねていくと、自分が指導することはあっても、指導される機会はぐっと減っているのではないでしょうか? なにかに取り組んで、先生のもとで歩んでいけることは、とても幸せなことだと日々、感じております。
先日のこと、その心身統一合氣道の先生からある言葉をいただいて、気づきがありました。合氣道にはいくつかの流派があるのですが、心身統一合氣道では技のみではなく、心にも重きを置き、稽古は道場だけでなく、日常にも活用できるように行っていくところに大きな特徴があります。合氣道は、人生そのものを学ぶことができる、素晴らしい武道だと思っています。
その稽古の中で、先生から「足をひきつけていませんよ」とか「腕が下がっていますよ」などと、合氣道の技を通じて指導をいただくことがあります。
その指導の時に先生がいっていることは、技という「事」に対していっているだけなのです。つまり、技を行う上で、できていない「事」に対して「こうしましょう」と伝えているだけで、その指導の中には、人間性に関することや人格に関することなどは含まれていません。
指導の中で、「こんな技ができないあなたは、人間的に消極的だ」とか「この技ができないのは、日ごろの考え方の問題だ」という指摘があったとすると、それは「事」を超えて「人の指摘」あるいは「人格の指摘」になってしまい、素直に指導を受け止めにくくなると思います。

合氣道の指導では常に「事」に対して伝えているのであり、「人格」に対していっているのではありません。伝える側が「事」に集中することが大事であると認識すると同様に、指導を受ける側の受け取り方も大切になってくると感じています。
伝える側が「事」に対してのみいっているのに、指導を受ける側が、「あの先生は、私のこんなところを指導してきて、頭にきた」とか「先生からあんなことをいわれてショック」などといっている場合、これは伝える側ではなく、明らかに受け取り方に問題があると思います。
「事」に対して人間性や人格を入れて、受け止めてしまっていることによる弊害です。
受け取る側がしっかりと「人」と「事」をわけて、受け取ることができれば何にも問題ではなく、むしろ、成長を促してくれているいい機会ととらえることもできるわけです。

イメージ:合気道

「足をひきつけていないよ」といわれれば、「はい」と素直に聞いて、その箇所をただ直していけばいいこと。「人間性」や「人格」に触れているわけではないのだから、そのことを「事」ととらえて直していけばいい。
合氣道の稽古においては、比較的、素直に聞き入れやすい内容だと思います。

ところが、ビジネスの世界ではどうでしょうか?
今、リーダーがメンバーに注意するときに、なにか躊躇することがあるとすると、伝える側あるいは聴く側になんらかの心のあり方の問題があるのだと感じます。
注意するときに、なにか遠慮してしまう傾向がある。指導される側にも過度に傷つきやすい傾向がある。
もし、お互いになにか注意することについて、「人」と「事」に分けて伝えられたとしたら、もっと思い切った指導ができるのではないでしょうか?
今はお互いに遠慮して、本来の指導ができなくなっている、ゆがんだ環境かもしれません。強く指導したり、指摘をするとパワハラにあたるのではないかと防御反応が働いたり、リーダーが大胆に指導ができなくなっていることはないでしょうか?

最近の会社では、小さいころに、親にさえ叱られたことのない人もメンバーに入ってきて、メンバーも過剰に反応するようになっているように思えることもあります。
お互いに指導の際に、「事」のみにいっているんだ、その指摘の中に「人」「人間性」は入っていないんだと、はっきりと認識できれば、とても楽になり、おおらかな会話あるいは指導ができるのではないでしょうか?
ものすごく強く指導したとしても、「人格」にふれているわけではないので、指導を受けても「ひねくれる必要はなく」、素直に「ハイ」と受け止めていけばいい話だと思います。
仮に違う場合でも、自分の感じたこととして、「事」を伝えていけば、リーダーにはむかったわけでも、逆らったわけでもないことはすぐ気がつけることでしょう。

多くのリーダーが注意の仕方をしらないために、「こんなこともできないなんて、ダメな奴だ」とか「こんなこともできないなんて、日ごろの努力や考え方に問題があるんだ」と出来事と人、人格をしっかりつなげて話してしまっている傾向があるかもしれません。またリーダーが、感情のコントロールができずに、怒りをぶつけてしまっている場面も想定できます。
注意はすべて「事」に対してしている、そして未来のためにしているとリーダーがしっかり認識し、メンバーにも理解させていれば、現代の職場は劇的に変わるように思います。

どこか指導に、腫れ物にさわるような傾向もみられます。
もちろん、言い方や態度はしっかり気をつけていく必要もありますが、「リーダーよ愛をもってしっかり、「事」を指導せよ」そんな時代になっているように感じます。
その「事」の指導の際に、メンバーの成長を心から願う、大きな愛をもって接していけば、必ずその想いは伝わっていくことと思います。
愛をもって接することが大事だと感じます。
そして、「事」自体を面談であれば、テーブルの上に取り出し、その内容を面談している二人がみている状況をつくれると、より素直に対応できることと思います。
「課題のテーブルだし」です。私はよくこの作業をしています。
事をテーブルに出すことによって、その事の指摘であって、人物を責めているわけではないことがより鮮明に理解できるようになります。

イメージ:指導の仕方

また、指導する前に、ビジネス道における指導の掟のようなものを交わして、設定していくといいかもしれません。ビジネスにおける「事」をお互いに徹底して指導していくことを認識することで、今の難しい指導環境を大きく変革することも可能になるかもしれません。
「事」のみをフィードバックしていけば、現在起きている多くの課題は解決していくように思います。そのためにも相手に「人」と「事」の意識を徹底していく必要もありますね。

「人」と「事」が分かれれば、どんな厳しい指導をしたとしても、人格ではなく、あくまで「事」のことなのだから、素直に安心して聞けるはず。
伝える側、受ける側がともにスキルをもっている必要がありますね。

また、心身統一合氣道は、「道」であって、「術」ではありません。この違いはとても大きく本質をわけることになると思います。一言でいうと、「術」にはほとんど、心は要さず、スキルのみ、技のみといえます。道には心のウエイトがとても大きく、永遠に学び続ける要素があると思います。
ビジネスもビジネス術ではなく、ビジネス道に近い感覚でとらえていくと、永遠に続く道の中で、学びあう関係、日ごろのあり方、メンバーの接し方も少し変わってくるように思います。今、社会で注目されているサステナビリティの考えにも親和性が高いように思います。
リーダーがすこし、道を意識しながら、指導育成していくと、職場での本質的な取り組み、対応の仕方も変革してくることと感じます。
未来の道を目指して、お互いに成長していく姿には、指摘に関して、感謝こそあれ、「こんなこといいやがって、頭にきたぞ」などいう雰囲気とは無縁です。

リーダーがどちらのスタンスで指導するかによって、メンバーの成長軸も大きく変わってくるように思います。仕事道なのか仕事術なのか、内容や場面によっても求められることは異なると思いますが、意識によって将来的な伸び方、そして角度も大きく変わっていくように感じます。私は、日本全体に、道としての意識がより大事になってきていると思います。

現在、私は武道家(心身統一合氣道)を目指しています。60歳を過ぎて、武道家を目ざせること自体が、とても素敵なことだと自分でも感じます。
まず、健康であることが第一、そして家族の協力がなければだめ、またある程度の経済力と時間も大事。いろいろな課題をクリアしないと到達できないのが、武道家への道であると思います。
袴をはいて、氣を入れていく、人生がよりゆたかになっていくように感じています。合氣道における「人」と「事」をわけて受け止める方法、これはビジネスにおけるフィードバックにもつながっていくことと思います。

日本人はフィードバックをいうのも、聞くのも苦手といわれています。360度評価もその一つ。フィードバックの仕方をしっかりルール化していけばいい、フィードバックにおいても「人」と「事」をしっかりわけることで、より機能していくことになると思います。
フィードバックが「事」だけに集中されていれば、安心感もあり、より伝わっていくことと思います。
思い切り、楽しく指導しあえる環境をつくっていきましょう!


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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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