【人事担当者を元気にするコラム Vol.51】「できていない」のか、「まだできていない」のか~Yetマネジメントのすすめ

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2024.01.26

日ごろリーダーとして、年下のメンバーが業務上でなにかできないことがあった場合、どのように言っていますか? 「それ、できていないのか?」とか「できないの?」といった言葉を使ってしまっていませんか?
リーダーからみれば、一般的に年下のメンバーは、頼りなくみえることも多々あることでしょう。「できること」よりも欠点、「できないこと」にフォーカスしてしまいがちだと思います。心の中を見つめてみると、「ダメだなあ」「なんでできないんだろう」というような感覚にあたります。
性格や価値観は人それぞれですが、一般的に、私たちは期待されてこそ、成長していけるものではないでしょうか? 「君ならできる」「やればできるぞ」という強い思いをもちながら、指導、育成していくことがとても大切なことだと思います。
最初から「君には難しいだろうなあ」とか、「できるかなあ?」といったマイナスの心持ちで指導していくと、相手にもその不安感は伝わり、成長を阻害してしまう要因になっていくことと感じます。

先入観を取り除いてとらえていくと、その人のパフォーマンスそのものにも大きな影響を与えていくことになると思います。
リーダーとしては、欠点探しではなく良い点探しで、「あなたならできる!」「君なら大丈夫」というマインドをもって、日々指導していくことが、より求められると感じています。
今の時代、親からも怒られたことが一度もない人たちもいて、そういう人たちが入社してきます。少し怒られただけで、人生の大問題にぶちあたったかのように感じ、落ち込む人もでてくることでしょう。言葉の使い方には、より高い注意力が求められる時代になってきていると思います。
時代が変わったことを嘆く前に、変化をしっかりと受け止めて、その人たちの力をいかに引き出すか、ということにエネルギーを注ぐことこそ、私たちの大いなる課題であると感じます。

イメージ:年下のメンバーへの指導

私も過去いろいろな上司のもとで働いてきましたが、最も苦手なタイプは、マイクロマネジメントをする上司でした。期限を決めて、仕事を依頼していたにもかかわらず、途中で、何度も何度も問いかけてきたり、成果以前にやり方や進め方にまで、どんどん介入したりするマネジメントスタイルです。「まかせたなら、しっかりまかせてほしい」と感じていました。
中間報告をしているにも関わらず、「今、どうだ?」「どんな状況だ?」と細かく報告を求めてくる上司です。不安からか、心配性からくるものなのか、わかりませんが、上司たるもの、まかせたならば、その期間はしっかり待って、対応をみてほしいと感じていました。
リーダーとしては、待つことそのものも大切な行為だと感じています。

海外に駐在する人達のなかでは、まかせきれない、マイクロマネジメントをする上司に対して、「O・K・Y」って思うそうですね。「O(お前が)K(来て)Y(やれ!)」、確かにそんな気持ちになることってありませんか?
マイクロマネジメントをされると、爆発寸前の感覚になってしまうことと思います。やはりある程度は、信じる気持ち、想いが必要なのだと感じます。
マイクロマネジメントをされながら、「君はこんなこともできないのか」「日ごろ、自己主張してるけど、このこともできないんだね」などと言われたら、誰でもやる気をなくしますよね。やる気爆下がりマネジメントです。
ただ、昭和の時代には、モチベーションを思い切り下げるような上司は結構いたように思います。「俺の言ったことをやれ」とか「俺の言った通りにやればいいんだ」といったような、そんな感覚で仕事をしていて、そもそもモチベーションなんて、考えていなかったかもしれませんね。

しかし、時代が大きく変わってきたことを感じます。リーダーも人間的に大きく成長し、言葉を駆使しながら、メンバーを鼓舞しなければいけない時代にはいってきています。
そんなときにお薦めの言葉、考え方をお伝えします。
たとえば、メンバーになにかできないことがあって、そのことを伝えられたようなとき、「できてないね」と言うのではなく、その言葉に2文字をくわえます。それは「まだ」という言葉です。
言われる側の立場からみて、「まだ、できていないんだね」と言われたらどうでしょう?ただ、「できてないね」と言われた時と、受け止め方は相当違うのではないでしょうか? この2文字、まさに魔法の2文字ともいえるでしょう。

「まだ」の言葉の裏には、「いまはできていないけど、いずれできるよ、期待しているよ」という意味合いが含まれていると感じます。
「まだ」という言葉を英語でいうと「Yet」です。そう、これがいわゆる「Yetマネジメント」です。「まだ」は「未だ」ということで、この言葉には未来を意味して期待する期待値がしっかり含まれていると思います。言葉はエネルギーをもっていますので、とても大事になってきます。

リーダーは言葉の達人、言葉の伝道師になっていく必要があります。
たとえば、「がんばる」という言葉がありますね。日ごろからなにげなく、「がんばってね」という言葉は使われると思います。私も「がんばってね」という言葉を使ってしまうことがありますが、この言葉の背景をよく考えていくと、「今、がんばっていないから、がんばってね」という考え、あるいは「がんばっているけど、もっとがんばってね」という想いが潜んでいるように思います。

そこでお薦めなのは、「る」という言葉をくわえる方法です。
「る」をどこに挿入していくか? 「がんばって」の「て」のあとに「る」をいれる、そうすると「がんばってね」となります。いかがでしょうか? この1文字がはいるだけで、いまがんばっているという状況を認めている、「~ing」の現在進行形に聞こえるように思えませんか?
これもある面ではYetマネジメントにつながっているように思います。言葉は本当に生きていると感じます。

若手を伸ばすも伸ばさないも、この言葉による期待値におけるものは大きいと感じています。
ただ、フィードバックをする際に、過度に気をつけていく必要はありません。「できていない」ことは、きちんと「できていない」とお伝えいただきたいと思います。それでも、フィードバックの中でも魔法の2文字をいれてみると、だいぶ感じが異なるでしょう。
「まだ、できていないね」(とっても大きな期待値のあらわれかと思います)
Yetを上手に使いながら、おおいにメンバーに寄り添い、期待をかけていきましょう。

イメージ:さらにその先のメンバーへの指導

「まだ」というメッセージから思い出すのが、私のメンターであり、慶應義塾大学の名物教授である村田昭治先生の最終講演です。会場はなんと、サントリーホール。ここは基本的に、音楽以外で単独に使用することができないとされる、コンサートホールとして有名な場所です。
サントリーホールディングス代表取締役会長である佐治信忠氏が村田ゼミで学んでいたこともあり、日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートとジョイントでの最終講演となりました。会場の雰囲気は、なんともおしゃれで、欧米の教授の最終講演のような感覚を覚えました。コンサートの幕間には、カクテルなどが提供され、OBが親睦を深めている場面などもみられました。
基本的に夫婦同伴での出席が原則であったため、私も妻とともに参加しました。私の席の右側、3人先くらいには村田先生のお孫さんもいて、ずいぶんすてきな席にご招待いただいたものだと感じました。どこまでも欧米風だったように思い出されます。

そんな村田昭治先生の最終講演のテーマはなんだったと思いますか? それは、「私はまだまだ未完成」というタイトルだったのです。あのマーケティングのオーソリティである、村田先生の最終講演ですよ。これまでの自分の功績や、やってきたことをいうのかと思っていたら、なんと終始、自分がお世話になった先生方、この方々のおかげで今があるという展開。「まだまだ私には勉強が足りない、特に西洋史が語れない」と言っていたことには驚きました。「これから西洋史を学ぶんだ」と言っていた瞳は青年のようで、まだまだ未完成であることを私たちに伝えていました。

謙虚であること、学び続けることの大切さを、村田先生の最終講演で改めて学ばせていただきました。「まだ」という言葉、未完成という感覚をもっていれば、いつまでも学び続けることができると感じています。
この「まだ」という言葉そのものが、学び続ける思いにつながり、慢心を防ぐことになると思います。

Yet、まだできていないこと、なにかに向かっているプロセスこそ価値があるともいえると思います。メンバーをみて「まだ、できていないね」といってみてください。きっと、言葉にはださなくとも、なにかを感じていくことだと思います。
特にリーダーとしては、言葉の感度を上げる、言葉の感性を鋭くすることが求められているように思います。そして、「がんばってね」ではなく「がんばってるね」と、ぜひ背中をおしてみてください。

また、自分自身を勇気づける意味でも、「まだ」の感覚は大切に思います。「できていないなあ」と思う自分に「まだ」をつけてみる。「自分はまだ、できていないなあ」となり、自分自身への期待感につながるように思います。まさに未来の自分を勇気づけるメッセージにかわっていくことでしょう。

小さな言葉の積みかさねで、やる気になったり、くさったりすることになります。リーダーとしては、この言葉そのものを研究する価値は十分にあると感じています。言葉により敏感になること、感度のいいセンサーをもつことそのものが、人を勇気づけ、やる気に変えていくことに直結すること思います。

「細部に神は宿る」の言葉どおり、言葉の小さな配慮、思いやりがその後の人間関係、信頼関係を構築していくものだと思います。たった2文字で人生が変わってくのです。
これからのリーダーこそは、気をつけて言葉の達人を目指しましょう。


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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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