【人事担当者を元気にするコラム Vol.46】士は己を知る者の為に死す(史記より)~定年雇用延長者をいかに輝かせていきますか?~

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2023.08.25

中国の歴史家、司馬遷によって編纂された『史記』にある有名な言葉、「士は己を知る者の為に死す(士爲知己者死)」という一節をご存じでしょうか?
これは「立派な男子であれば、自分の真価をよく知ってくれて、認めてくれる人のためなら、死んでもいいと思うものだ」という意味の言葉です。
自分の持ち味をリーダーが知っていてくれたなら、なにより幸せな図になるということを伝えています。

組織のトップの目がよく行き届いていて、どんなに目立たない地味な仕事であっても、その仕事にあたっている人に「○○さんはよく裏方としてもよくがんばっていてくれたなあ」といったような声が届くようになっていれば、それぞれのメンバーはそれぞれの地位において最善の努力をし、組織のために働いてくれるものだと信じています。
このように、メンバーが心を注いで働いてもらえるような環境づくりをすることは、リーダーにとって、とても大切だと考えています。

特に、これからの人口構成から考えると、定年後の雇用延長者は更に増えていくことになるでしょう。この方々を戦力としていくか、それとも単なる退職までの延命とするかは、企業の存続に大きくかかわっていくといっても過言ではないはずです。

60歳定年後、起業などの道を目指す人もいますが、多くのビジネスパーソンは「この会社のことがよくわかる」「知っている人がいる」「慣れている」といった理由から、現役時代に過ごした会社で雇用延長をすることが多いといわれています。
とはいえ、その慣れた会社であっても、決してパラダイスではないと言い切ることができます。定年後の雇用延長においては、元の上司と部下の関係が逆転することなどは日常茶飯事です。「参勤交代」ならぬ、「さん君交代」というのを聞いたことはありますか? 今まで上司に向かって「○○さん」といっていた部下が、立場が入れ替わり上司の立場になったとたん、元上司を「○○君」と呼び出す、などということもあるようです。なかなか厳しい人間関係に思えます。
また、延長後に好きな仕事や得意な仕事を継続できるとは限りません。
だからこそ、個人の関係性を超えて、組織の強さをいかに発揮していくか、ということがとても大切になってきます。

そのような環境下、自分の部署に再雇用の人が異動になってきたとき、リーダーとしてどのように接していけばいいか、その心構えや考え方のコツについて、考えていきましょう。これは、これからのすべてのビジネスパーソンに該当する貴重な出来事であると思います。

今、まさにリーダーとして、定年後の雇用延長者と直面している人もいるでしょう。また、今はそうでないという方は、自分ではまだまだ先と思っていても、自分自身がリーダーとなり力を発揮する場面は意外と早くくるものです。この機会にぜひ一つでも多くのコツを身につけましょう。
リーダーとしての疑似体験はとても大切です。いざ本番のときに慌てなくて済みますから。それに、現在のリーダーの対処方法をみながら、「自分だったら~」と頭の中でシミュレーションすることができます。目の前に自分の考えと比較できる実例があるわけですから、活用しない手はありませんよね。

さて、初めて定年後再雇用者が自分の部署にくることになったとき、その最初の面談がとても重要になってくると感じています。私の場合は、1時間ほど配属部署の紹介をしたあとで、その方自身のことについてふれることにしています。
私は、いつも次のように尋ねています。

「○○さん、会社で35年以上をお勤めになっています。本当にありがとうございます。会社生活でいろいろなご経験をされてこられたことと思います。○○さんが会社で最も輝いていた時、自分自身がキラキラし、力を発揮した時はどんな時ですか? その充実していた時のことを聞かせていただけますか? どこで何をしていた時でしょうか?」

この質問をすると、多くの方が最初はきょとんとして、初めて聞かれたなあというような表情をします。どんな方にも、会社の中で輝いていた時があるものです。自分自身が真摯にその方の人生に興味をもち、その人の人生にふれたいという想いで、しっかり聞いてみてください。
そうすると、多くの方はとても素敵な笑顔になり、新しい部署にきた緊張感や様々な想いを超えて、心を開いて、いろいろと話してくれます。

イメージ:面談

「熊本支店の支店長の時ですかね。売上も、利益もなかなかでなくて苦しい中、みんなと一体感をもって仕事していたこと、誇りをもって取り組んでくれたことにいつも感謝し、喜びに満ちた日だったですね」と話してくれた方がいました。
また「そうですね、グループ企業の工場立ち上げの責任者として業務に携わることができたことですかね。工場の設計から実施まで、すべてリーダーとしてまかされて、とてもやりがいがありました。泊まり込みの日々もありましたが、毎日キラキラ仕事をしていましたね」と、熱っぽく語ってくれた方もいました。
すべての人に、それぞれの物語があるものです。そのことをしっかり尊重してあげることがなにより大切なことだと思います。

雇用延長後に新しい部署へと異動してきた場合、その方の過去が全くわからない、聴く機会もほとんどない状態になりがちです。話を聴くときは、通常の聴き方の5倍くらいのパワーをかけて、その方の人生に共感するように聞いてください。
「それはやりがいのある仕事でしたね。会社に大きな貢献をされましたね」と、しっかり受け止めて、心から承認してください。そのとき、決してリーダーの方が「自分も○○工場の建設をしました」とか、「私も○○支店の支店長をしていました」などと、話しをかぶせていってはいけません。あくまで雇用延長の方にしっかりスポットライトをあてる機会としてください。その方の人生に寄り添い、人生そのものを尋ねることを目的として聴いていってください。

私は過去、何人もの方に、輝いていた時のことをインタビューしましたが、聴く前と後とでは、表情が変わります。笑顔も大きく変わり、上を向いて、高揚しているように感じました。もしかすると、家族にさえ話したことがないことだったかもしれません。何十年も前のことを話したのかもしれません。
きっとこれまでのシチュエーションならば、過去の話をしただけで自慢話だととらえられてしまい、話すことが難しいこともあったことと思います。それを新たなリーダーが聞いてくれるなんて、とても嬉しいことだと感じることでしょう。

誰もがみな、自分のしてきたこと、業績に誇りをもっているものです。
ただ、残念ながら再雇用となった段階で、その上司はまず年下です。そして過去のことには全く興味を示さず、単なる一員として扱う方もいることでしょう。
相手に興味をもたないとどうなるか? どんなに輝いていた人であっても、“再雇用の○○さん”としか扱われない。そんな風に、自分のことをわかっていない、知ろうともしない人のもとでは、力を発揮しようとする思いは急速に消えていくことでしょう。

どんな人も、自分に対して重要感をもってほしい、認めてほしいと渇望しているものです。それは社長や役員、部課長でもみな同じようにもっている、人間の心理です。その思いや願いを直属のリーダーがいかに受け止めていくかが、大きなポイントになります。
話を聴いたあと「○○さん、すばらしいお仕事をされていたんですね。そのような力を発揮されていた○○さんにお越しいただいて、ほんとうに幸せに思います。ぜひ私たちに力をかしてください」、そういった言葉をかけられたら、「ああこの人は私のことを理解してくれている。雇用延長で給料も大幅に減っているけど、こんな人のもとならばもう一度、がんばってみよう」と感じていただける確率があがると思います。

新しいリーダーの心くばりにより、“もう一度人生で輝いてみよう”と感じてもらえることもあります。私は雇用延長者から聴きだした“キラキラ輝いている日々”のことを全体会議の場でみんなに紹介することがあります。
「今、ビル管理でしっかりがんばっている○○さん、謙虚な方なので、これまでに自分がなにをしてきたとは言われないでしょう。みなさんはご存じないかもしれませんが、実はグループ企業の工場を、設計から立ち上げまで全部の責任者として携わった方なんですよ。そんな力のある○○さんが担当していただいて、とても心強い毎日です。感謝の気持ちでいっぱいです」
そんなコメントをすると、その方は照れ臭そうにしていますが、笑顔でいっぱいになっています。
帰宅後は奥様に、そのことを報告されるかもしれません。
「俺のことをわかってくれている。大切にしてくれている」
そんな思いから、今回のタイトル、「士は己を知る者の為に死す」のような感覚になってくれるのではないでしょうか?

そんなことがあった全体会議のあと、当初は「1年で辞めます」といっていた定年後雇用延長の○○さんが、さらにもう1年継続していただけるようになったのは、偶然ではないと思います。重要感を与えること以上に大切なことはないと、今改めて感じています。

雇用延長の業務を、単なる作業に位置づけてはいけないと感じています。リーダーが常に上位概念とひもづけて、大きな意味と意義があるのだと、本人だけでなく会社全体に伝えていくこと、そしてその存在と業務に、全体から感謝の空気が流れるようにすることが大切だと思います。一人ひとりの仕事を作業としてとらえたとたん、気持ちは下がり、仕事を継続するかどうかだけでなく、成果にも影響がでてくるはずです。受け止めるリーダーの器が大きく問われる瞬間でもあるといえるでしょう。

イメージ:チームリーダー
定年後の雇用延長者を輝かせていくのも、そのリーダーの大きな役割です。
リーダーはその方の個性、いいところをしっかり認識して周囲に伝えるとともに承認していくことが大切です。そしてその方の過去の業績、輝きもしっかり受け止めていくことも同時に重要となってきます。
キラキラしたことをみんなで受け止めて、大切な方として受け入れることが、戦力として心から働いてくれるようになるポイントになるでしょう。

過去を過去だからと忘れてしまうのではなく、その過去の貢献があって、その上で今、輝いている○○さんなのだと尊敬の念をもって接していくことが一番大事なのでしょう。
その方がしっかり心をこめて働いていくことが、後輩たちにも大きな力を与えていくことになります。

「重要感を与えること、心を込めて」
これがすべてを解決するKey(鍵)ですね。大いに活用していきましょう。


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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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