【人事担当者を元気にするコラム Vol.40】小田君の涙 その理由は~

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2023.02.24

みなさんは、リーダーとしてメンバーの指導や育成にかかわったことはありますか?
メンバーに語りかけをする場面に出会ったことはありますか?
今回は、リーダーがメンバーにメッセージを伝えていく、あるいはメッセージを聴いていく中で、大切なコツをわかちあっていきたいと思います。

日ごろ、メンバーからの報告を受けるときは、まず自分自身の心をおちつけて、波立たない状態で聴いていく必要があります。
リーダーが、報告などを受ける際には、やはりどっしりと、安定して聴いていく必要があります。多少、心に波が立っていたとしても、安定しているようにみえることも大切です。

リーダーが感情をダイレクトにだしていくと、相談するメンバー側から、「今、リーダーの機嫌どうかな?」「リーダーはイライラしていないかな?」といった声があがっていきます。そして、リーダーの顔色をうかがうことが日常化していきます。
もちろん、報告する側にも最低限のルールとして、リーダーが忙しい状況にあるのかどうかを確認することは必要だと思いますが、顔色をうかがうのとは、わけが違います。
リーダーとしては、メンバーに不要な気づかいをさせることなく、できるだけ、ゆったりと、「いつでもいらっしゃい」という空気感を出していくことが必要だと思います。
この空気感は訓練で鍛えることができます。心のおちつきを得られるように、日々すごしていくことによって、獲得できるスキルでもあります。
そして同時に、いつも上機嫌でいることも大切ですね。穏やかな雰囲気は、メンバーが話しやすい雰囲気づくりにおおいに役立ちます。

私も営業リーダー時代、メンバーからよくいろいろな報告や相談を受けていました。そんな時に大切なのは、内容を正確に、しっかり聴き取ることです。色眼鏡でみていたり、偏見などがあったりすると、正しく物事を聴くこと、とらえることができません。

またリーダーはある面、教育者でもあるので、報告スキルの劣るメンバーに対しては、一通り報告を聴き終えた後に、報告の仕方をOJTで教えるような場面も多々ありました。
ダラダラと話すメンバーに対しては、まず結論から話すスタイルを教える。
そして、報告する前に、今回の話が、相談なのか報告なのかを第一に伝えてから進めるという基本を教える。
報告の仕方については、きちんと立ち止まって教えるとなると時間はかかりますが、一度しっかりと指導した方が、その後に時間をとられることがなくなっていくので、お薦めです。

話しはじめるときに、相談と報告にわけるよう指導をすると、次のような前置きを話してから伝えるようになっていきます。

「今日は、報告一件、相談一件があります。まずは報告から……」

そうなると、報告の場合は、状況を確認しながら聴くだけのスタンスでいい。
相談があるとなれば、なんらかのジャッジを求めていることになるので、おのずと聴き方、スタンスも変わってきます。
メンバーの話がなにを目的にしているか、確認しないと、リーダーはゴールの見えないまま話を聴くことになり、心理的負担も大きくなっていきます。
また、リーダーはいつまで、どこまでこの話を聴けばいいのかわからなくなります。まさに歌でたとえると「線路は続くよ どこまでも~♪」という感じです。この感覚で報告を受けたことのある方はいらっしゃいますか? これ実は、結構つらいですよね!

目的をしっかりと確認したうえで、聴くことができるようになると、心理的負担も軽減され、結果として、よりしっかりと聴くことができるようになります。
リーダーは忙しいので、時に、「自分自身がききたいように、ききたい内容をきく(=自分にとって都合のよいように、聴きとってしまう)」ことになります。つまり等身大の報告を聴き取れなくなってしまうということです。

イメージ:相談を受ける

昨年、話題になった本、ケイト・マーフィ著『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』(日経BP)の中では、このようなことが書かれています。

「聞くことは最高の知性である」
「よく聴くとは、相手の頭と心の中で何が起きているのか、わかろうとすること。そして『あなたを気にかけているよ』と行動で示すことです」
「聴くときに最も難しいのは、人の言葉をそのまま受け取らず、自分の意見をはさみたいという衝動をおさえること」

現代においては、聴くことがまさに重要になっていると感じています。聴くことそのものがリーダーシップの発揮につながっていることを胸にとめていきましょう。この感覚をしっかりもっていれば、リーダー自身が部長や役員、上職者へ伝えるときも、達人になっていくことができます。
上職者も人間ですから、伝える側も思いやりをもつことが大切となります。
お互いにエネルギーの無駄づかいが減るので、とても有効な方法です。

営業課長時代のある日のこと、営業メンバーの小田君から報告がありました。
小田君は入社3年目、まさに営業がぴったりの、とても素直な若者です。学生時代にはバトミントンでインターハイや国体にも参加したことがある、スポーツマンでもあります。
いつも底抜けに明るい彼でしたが、その日はなぜか、いつになく暗い様子で、こう言ったのです。

「山本グループ長、ご相談があります。私をA客先の担当からはずしてください」

突然の申し入れに、私は「小田君、どうした? そんなことをいいだすなんて、めずらしいね」と返しました。
私は小田君になにがあったのか、じっくりと話を聴きました。すると明らかに小田君に落ち度はないことがわかりました。A客先が誤解して、小田君の誠実さを理解せずに、突然に担当替えを要求してきたのです。

そこで、私が小田君に「君は今のこの客先をこのまま担当しなさい」というと、小田君は「えーっ! 担当をかえろって、お客様がいっているのですよ。いいのですか?」と。
そこで私は「小田君、誰がどのお客様を担当するかは、私の決めること。お客様だからといって、何でもいっていいわけではないんだ。今の状況を聴く限り、小田君の行動は、間違っていない。担当を変えることは、小田君の行動があやまっていると認めることになる。俺は小田君を信じている。自信をもって担当してこい! 売上がなくなっても構わないから」
この言葉に、小田君の目にはうっすら涙が浮かんでいることがわかりました。そして小田君は私の指示どおり、A客先を担当し続けました。

やはりその後、A客先の売上がのびることはありませんでしたが、小田君は他の新規客先を開拓していって、自分の売上を2倍くらいに伸ばしました。きっと他の客先で売り上げをカバーしようと、自分自身が決めたことによって、達成できたことだと思います。自分で覚悟を決めての売上アップだったと感じています。

きっと、私がA客先のいう通り、小田君の担当を変えていたら、波風は立たなかったでしょうが、その場合は、小田君のガッツが爆発することもなかったことと思います。また、私に対する信頼値が爆発することもなかったことでしょう。
おそらく小田君の心に、チャレンジの灯がともった出来事だったのだと感じています。
リーダーがメンバーを信頼することがいかに大切かを、改めて感じさせる出来事でありました。

ただこれも、事前に小田君の性格を知り抜き、信頼関係があったからこそできたことでもあると思います。メンバーの資質をしっかり知っていないとできないことの一つともいえます。一客先の売上がなくなっても、大したことはない。メンバーとの信頼感を構築する以上に大切なことはないと思います。
リーダーはいつも本気になって「信頼を得る努力」が必要になると感じています。

今からさかのぼること、40数年前。高校時代の私は、野球部に所属していました。
2年と3年の春の予選で、強豪校である横浜高校と試合をしたことがあります。場所は横浜高校のグラウンド。あの時の横浜高校は特に強く、私たちが3年の時、横浜高校の2年には、後にプロ野球でも活躍した愛甲猛選手や安西健二選手といったメンバーがそろっていました。その後、9人中4人がプロになったという、すごいメンバーでした。

この翌年、愛甲選手たちが3年生の時には、同じく強豪校で、あの荒木大輔選手がいた早稲田実業と甲子園の決勝で対戦し、横浜高校が全国優勝を果たしています。

イメージ:高校野球

当時の私のポジションはレフトだったのですが、横浜高校のグラウンドで、守備位置からバックネットを見上げると、その上部に、7文字の言葉が掲示されていました。
なんという言葉だと思いますか?
普通なら、「目指せ日本一」とか「全国制覇」といった言葉だと思いますよね。
しかしそこには、「信頼を得る努力」という言葉が掲示されていました。
今も横浜高校のグラウンドに掲示されているかどうかはわかりませんが、私たちが対戦した時のバックネットには、大きく、そう掲げられていました。
なぜ? どうしてこの言葉なんだろうと思っていました。

横浜高校はその後、あの平成の怪物といわれた松坂大輔選手を擁して、甲子園春夏制覇を果たしています。
よく高校野球談議で、どのチームが史上最強かという話題になりますが、私は、当時の松坂世代の横浜高校が史上最強のチームだと確信しています。なんといっても2年の秋に新チームを結成してから、3年の春夏の甲子園、そして国体までの公式戦で無敗というのは、すさまじい強さです。
その横浜高校の原点には、日本一の前に、「信頼を得る努力」があったのかもしれません。私たちが対戦したころから、横浜高校は渡辺元智監督でしたから、精神性を求めていたことと感じています。

似ている言葉ではありますが、「信用」と「信頼」について、時折考えることがあります。
たとえばラグビーやサッカーの試合前に、キャプテンがメンバーに語りかける場面は多々あると思います。その場面で「俺はみんなを信頼している!!」とはいいますが、「俺はみんなを信用している」とはいいませんよね。
一方、銀行がお金を貸し出すときに、「私たちはあなたを信頼してお金を貸す」という表現にはならないですよね。「私たちはあなたを信用してお金を貸す」という表現が適切だと思います。

ビジネスパーソンのリーダーにとって、メンバーとの「信頼関係」が最も大切になっていくことと思います。リーダーとメンバーの間に信頼があれば、幸せな世界が築かれていくことと確信しています。

メンバーとの間の確固とした「信頼の輪」、ぜひ築きあげていきましょう!

 

  【お知らせ】
山本実之氏による「人事担当者を元気にするコラム」の連載3周年を記念して、山本実之氏からコメントをいただきましたので、ご紹介いたします。
山本実之氏による「元気が出るコラム」連載3周年記念特設ページ
 

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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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