【人事担当者を元気にするコラム Vol.39】100年カレンダーから学べることは何?

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2023.01.27

日本企業で今、最も時価総額の大きな会社、それはトヨタ自動車株式会社です。その社長である豊田章男氏が、最も尊敬していると公言する経営者がいます。どなたかご存知でしょうか? その方のお名前は塚越覚氏。「かんてんぱぱ」で知られる、伊那食品工業株式会社の最高顧問(前会長)です。

この会社の社員は、会社が大好きで大好きで、休みの日なのに会社にきて、庭掃除をしたり、草取りをしたりするのです。これは決してやらされているのではなく、自主的にみなが取り組んでいるもので、とても稀有な会社の一つといえるでしょう。

私は以前から、この会社にとても興味があり、ぜひ伺いたいと考えていたのですが、ある経営者の勉強会で、ついに訪問の機会を得ることができました。
当時社長であった塚越氏はとても温和で、穏やか。人を包み込む優しさをもちながら、人としての芯の強さを感じさせる方だなあと思いました。

その塚越社長が入社式で、新入社員に向かって最初に話すのが、「100年カレンダー」のことです。大きな紙に100年間分のカレンダーが印刷されていて、それをまず新入社員にみせて、語りかけるそうです。

「みなさん、これが100年カレンダーです。みなさんは今若さにあふれ希望にあふれていることと思います。死を現実的にとらえることはできないでしょう。人生100年時代といわれていますが、みなさんが120歳まで生きる確率はとても低いと思います。新人の皆様といえども、いずれ死を迎えていきます。つまり、この100年カレンダーのどこかに、あなた方の命日があるのです」

ここで塚越社長が伝えたいことは、「限りある命をしっかりみつめていこう」ということです。「死をしっかり把握することが大切。人は必ず死ぬ、だとしたらいかに、この命を生きていくか。生きることをしっかりと考えてほしい」ということが、新人に最も強く伝えたいメッセージなのです。
そして、この有限なる命を当社に捧げるという意味、かけがいのない人生を当社にかけるということを、しっかりわかってほしいと伝えています。これらのメッセージがこの100年カレンダーに込められているのです。
新人に対して入社式で、人生の覚悟をここまで伝える方はいないと思います。

イメージ:100年カレンダー

この100年カレンダーのことをよく考えていくと、私たち全員に伝わる考え方のようにも思います。
限りある命をいま、自分はいかにして生きていくのか。
「人生1回きり、2度とない人生である」と言葉では聞かされていますが、いざ100年カレンダーを目の前にして、2050年といった先のカレンダーを見ると、果たして自分はそこまで命があるのだろうか、そんなふうに、遠い未来が身近に感じられることでしょう。

カレンダーで日付をしっかりみることにより、死が遠く漠然としたものではなく、より身近になってくることも事実です。
死をリアルにとらえるようになることは、人生をしっかり生きていくうえでとても大切な思考法の一つだと思います。この限りある人生をいかに生きていくか、若い世代の方々にもぜひしっかり、とらえていただきたいと感じています。

また塚越氏は、会社が年輪のように幹を太く成長させていくものだと考える、「年輪経営」を打ち出しました。それゆえ急な成長はさせないと誓っています。なぜなら、急な成長はどこかに無理がくるから。たとえば急成長させるために機械の投資をする、すると固定費がかかり、稼働を促すために無理な販売計画をたて、やがて無理な行動がふえていくことになるからです。

塚越氏は社員の幸せをいつも考えている方で、お互い愛すること、そして愛されることをつねに考えています。それは人だけでなく、植物にも向けられています。
たとえば、駐車場に車を停車するとき、後ろ側に木があるところでは、決して、後ろ向きには駐車をせず、木に向かって前向きに駐車することを徹底しています。車の排気ガスは木を痛めてしまうことになるからです。
実際に会社を訪ねたとき、社員の車は木に対して、しっかりと前向きに駐車をしていました。言葉だけが先行する会社が多い中、きちんと実践されていることが素晴らしいなと感じました。

塚越氏がよく言う言葉に、「利益はうんこだ」というものがあります。
いい食事をして、ちゃんと健康に活動していたら、立派なうんこをすることができる。経営も同じで、しっかりした正しい経営をしていれば、利益という「うんこ」を生み出すことができるんだ」と。
うんこという表現はともかく、本質をついた考え方だと思います。「いいうんこ」をするために、食事や健康を気にする人はいませんよね。順番がちがうよ、ということです。

私たちは本を通じて、多くの素晴らしい方々に出会うことができます。本の中での学びもとても素晴らしいものですが、もっと刺激があり、強く学べる方法はやはり、その方に直接お会いすることだと思います。
塚越氏にお会いして、改めて気づきましたが、素晴らしい方と直接ふれあうことにより、その方のオーラを受け、幸せに包まれていくように感じることができるということです。私たちは億劫がらず、人とお会いすることが、人生において大きなポイントになっていくように感じています。

また塚越氏は「人が幸せになる一番の方法は、大きな会社をつくることではない」とよく言っています。これは、人から感謝されること、人のためになにかをして喜ばれると、とても幸せな気持ちになるからだと思います。
まさに、仏教の「利他」の心。幸せになりたかったら、人に感謝されることをしなさいということにつながります。

会社の指標として、最近注目されているものに、「エンゲージメント」という言葉があります。エンゲージメントとは、基本的には「深いかかわりあいや関係性のこと」であり、従業員エンゲージメントといえば、「企業と従業員との間での確固たる信頼関係」を意味します。いってみれば、会社との婚約ですね。
現代ではいろいろな意味で、このエンゲージメントが大切になってきており、会社によっては、製品のKPI(Key Performance Indicators:重要業績評価指標)の指標のようにエンゲージメント指数を目標にして、上げていこうと取り組んでいるようです。

とはいえ、「エンゲージメントを上げたい」という意図はわかりますが、それを目的とすることは、本来の目指す道とは異なるように私は感じています。
会社としてエンゲージメントの向上を目指したときに、従業員は気づくのではないでしょうか?「それって誰のため?」と。
あくまで会社は社会の公器であり、社員を幸せにしていく存在であることから、エンゲージメントではなく、社員の幸せを考えていく必要があるのではないでしょうか?
伊那食品工業は「いい会社をつくりましょう」が社是です。なんて素敵な内容でしょう。この言葉にすべてのメッセージがこもっていると感じます。

Well-being(よい状態=幸せ)という言葉があるように、会社全体が幸せ、Well-beingに向かっていけば、途中目標であるエンゲージメントは自然に上がっていくものと信じています。

私たちの会社でもエンゲージメント調査が行われています。
グループ会社である、わが社のエンゲージメント指数は63.5です。日本全体の会社平均が50であることからすると、まあまあの数字といえると思います。
ただ、コミュニケーションの上限がないように、いい会社や幸せの会社の上限はないと思っていますので、常によりよい環境づくりを目指していく必要があると感じています。

会社として、エンゲージメント指数に注目しはじめていたころ、エンゲージメントそのものにフォーカスすることなく、Well-being(幸せ)を目ざそうと宣言していました。
本格的に取り組み始めたころに、私はWell-beingミーティングを実施して、幸せになるコツや幸せに働くための7つの要因などを1時間で話しました。慶應義塾大学大学院の前野隆司先生の「幸福学理論」を活用させていただき、伝えました。幸福学については、過去のコラム(Vol.19『「おばあさんの針の物語」から考える幸せの道』)でも紹介しています。
わかる社員と理解しにくい社員がいるのは承知の上でしたが、何人かの気づきにかけて社内セミナーを実施しました。「みほこさん(認める・ほめる・肯定する)になろう」とか「そわかの法則(そうじ、笑い、感謝)」で幸せに近づいていくとか、「うたしの法則(嬉しい・幸せ・楽しい)」を実践しましょう、など、いつも言っている言葉も改めてお伝えしました。

人材サービスを提供するなかで、Well-beingを推進しているパーソルグループのビジョンもとても素敵だと感じています。それは「はたらいて、笑おう。」というものです。いいメッセージですよね。
一人ひとりが幸せを目指し、幸せになっていく。幸せになっていくうえで、会社との関係性をよりよくし、全体で幸せになっていくことが大事だと思います。

イメージ:全体で幸せになる

私は中学生のころ、よく「人はなんのために生まれてきたのか?」と自問自答していました。自我の目覚めるころ、皆様はそのような問いを感じることはありませんでしたでしょうか?
そのころ、自ら出した答えはいまでも変わっていません。それは「人は幸せになるために生まれてきた」ということです。当時から、幸せがキーワードになると感じていました。会社として幸せになろうと感じることが大切ですが、まず一人ひとりが幸せを目指すことが大切だと思っています。まずは自分からです。

一人ひとりが幸せを目指していくことができれば、引き寄せの法則のように、目の前にある幸せに気づけるようになっていく。
会社であれば、まずは社長である私から小さな一歩。「あくびと幸福は伝染する」、その通りだと思いますので、幸福を社内に伝染させていきましょう。

次回のエンゲージメント調査の結果がどのようになるかはわかりませんが、みんなが人生は有限であることをしっかり認識し、幸せを追求していけば、会社は大きく変革していくことだろうと感じています。

前述のWell-beingミーティングでは、いろいろなメッセージを伝えましたが、最後はチャップリンの言葉で締めました。
「顔をあげて、下を向いていたら、虹はみつけられないよ!」
歩くときも決して下を向かず、やや上を向いて歩いていくこと、できれば、普通よりも15度くらいは上を向いて、胸をはって。少し早足で歩いて行くと、幸せな歩き方に近くなるといわれています。

坂本九さんの歌ではありませんが、♪上を向いて歩こう♪

 

  【お知らせ】
山本実之氏による「人事担当者を元気にするコラム」の連載3周年を記念して、山本実之氏からコメントをいただきましたので、ご紹介いたします。
山本実之氏による「元気が出るコラム」連載3周年記念特設ページ
 

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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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