【人事担当者を元気にするコラム Vol.4】まさかの異動、そのときあなたは?

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2020.02.21

会社生活でつきものなのが、人事異動。
いい異動ばかりであったら、会社人生もバラ色といえるのでしょうが、なかなかそうもいきません。なかには、理不尽な異動もあるものです。
私にもいろいろな異動がありましたが、転機となりうる異動は2度。それは、英国合弁会社に出向したときと、グループ企業に出向し、初めて営業を離れた時です。
今思えば、ともに上司との衝突がベースにあったように思います。業務とは直接関係ないことで異動になってしまうことがあるのが、異動を理不尽に思った理由かもしれませんね。若かったなあ。今だったらもう少し上手に立ち回れた気もしますが、若いうちに老成して立ち回る姿はいかがなものかと、自分自身で感じることもあります。

みなさんは、いかがですか? 異動に対して、どのような感覚をお持ちですか?

いろいろ体験した結果、私の答えは、人生のタームでは、すべての異動は栄転ととらえるようにしましょう! というものです。またそのときに、送り出す側の上司は、異動先がどんな部署であっても必ず希望を与え、胸をはれるような空気感で送り出す必要があると思います。

人生のタームでは、といったのには理由があります。
会社のタームでは、その会社ごとに異なるものの、日の当たる部署やエースの行く部署というものがあると思います。そのため異動先によっては栄転、あるいはやや残念と感じられることがあるかもしれません。
でも、人生というタームでは、自分の想いと異なる部署に異動したことが、将来の輝きにつながるケースが多くありますので、栄転と考えることも大事なのです。
つまり、異動になったときに、どんな心持ちで自分の中にその部署を迎え入れるかが大きな鍵となります。

「なんで俺はこんなマイナーな部署に異動になったんだ」
「なんで俺が子会社にいかなければいけないんだ」

とくすぶっていることが一番危険です。異動後の1日、2日は仕方ないでしょう。でもひきずってはいけません。そんなことをしていると、あっという間に2年、3年と時が過ぎてしまいます。

大切なのは、その部署でなにを学び取ろうとするかです。腐ってはいけませんよ! だって、人生100年だから。これから生きていくうえで、なにが幸いするかわかりませんよ。無駄なことなんて、何一つないのです。

実はエリートで走ってきた人こそ、この無駄なことが理解できない。
無駄ではないのです。それは無用の用なんです。
無用の用ってご存知ですか? ご存じない方のために。たとえば高さ100mの山と山があるとしましょう。その山と山の間隔は100m、下には大きな川が流れ、その渓谷に幅50cmの板がかかっているとします。このときみなさんは、その板を歩いて100mの渓谷を渡りきることはできますか? 多分、怖くてできませんよね。
では50m幅のコンクリートでできた橋がかかっていたらどうですか? 渡れますか? それなら渡れますよね。
ところでこの橋を歩く時、幅50mに対して実際に足が乗るのは50cm程度ですね。つまり残り49m以上は足のつかない、余分なスペースといえます。これは無駄でしょうか? 実際には歩かないスペースですよね。
でもその余裕があるからこそ、歩けるわけです。一見使っていないようで、それが有効に働いているのです。つまり無用のようだけど、必要となっている。これを「無用の用」といいます。

異動で様々な経験や一見興味のない業務、それも見方をかえれば無用の用となり、将来の大きな布石になるかもしれないのです。そう思うだけで、異動のとらえ方はかわってきませんか?

また、事実をいかに解釈していくかということは、とても大事です。どのように意味づけ意義づけしていくかで、物事そのものが変わってきます。
たとえば人生、人生にいいも悪いもありません。でも「人生は地獄だ!」という人にはそのようになりますし、「人生はパラダイスだ!」という人にはそのようになっていきます。どうたとえるのか、つまりメタファー次第ですべては変わっていくのです。
異動は「新しい発見の旅」だとすれば、エンジョイしていけるのではないでしょうか?

ライフネット生命保険を立ち上げた出口治明さんは、もともとは日本生命保険のエリート社員でした。ロンドンから帰国し、これからのグローバル化を当時の社長に強く進言したところ、意見が衝突。まさかの子会社、それもビル管理会社へ異動となります。その時に、新たな仕事に目を向けて、新しい知識を取り込みながらも、改めて生命保険のことを見直して、本を書いた。それがきっかけで、ライフネット生命保険を立ち上げて、大成功。なんと、今は立命館アジア太平洋大学の学長です。
以前、出口さんにお目にかかったときに、質問しました。
「将来の社長候補といわれていた出口さんが、子会社出向になって、その後、どのようにモチベーションをあげていったんですか?」と。
すると即答、
「人生における仕事はそれほど重要度が高いわけではない。家族、友人との時間、食事の時間、それらもっと大切なことがある。たかが仕事だ」と。そして「社長以外はすべて左遷だから、あまり思いつめない方がいいね。肩の力をぬいて、人生をゆたかにすることを考えたらいいよ」と言われました。
「大企業で社長になるなんて、宝くじにあたることより難しいから、そこにエネルギーをかけすぎない方がいい」とも言っていました。真剣にやっても思い込むな、悩むなということでしょう。出口さんのように、今この経験が大きく将来に花開くことはよくあることといえるでしょう。

私は36歳の時に、英国との合弁会社に出向になりました。
上司はイギリス人、部下はアメリカ人、お互いに信頼関係のない状態。英国側は合弁解消を考えていたのですから、当然ともいえるかもしれません。なにか疑われながら、そして不信感を募らせながら過ごす日々。意味がないなあと、なんどもやめようと考えていました。
当時は営業企画管理部長の立場で、宣伝も担当していました。広告代理店と打ち合わせをして、私の提案した記事広告がとてもよくできていた。そこへ例のイギリス人の副社長が部屋へ入ってきて、「いい広告だね。誰の案?」と。「Mr. 山本の案です」と聞いた瞬間にイギリス人の表情がみるみる変わり、私の提案書を「却下だ」という言葉とともに、テーブルへとたたきつけました。その提案書は、テーブルの端から端とつーーと流れ、打ち合わせメンバーは全員、凍りつくような感覚に……。
却下自体については、提案が通らないだけなので、よくあること。大丈夫。でも、これが代理店の人たちの前で起きたことであり、会社内での位置や信頼されていないことを、直接みんなの前で伝えられた瞬間です。さすがに「とてもつらかった」「いやだった」。

ただ、その程度のことは日常茶飯事。信頼がない職場はこんなにつらいのかと思いしらされました。当時、赤坂にあったオフィス。赤坂見附駅からホテルニューオータニの前を通って、オフィスにむかうのですが、ニューオータニの前のゆるやかな坂が、まるでスキーのジャンプ台のように急斜面のように感じられ、足が前に進まないことがなんどもありました。

紀尾井坂(東京)
▲紀尾井坂(東京)

ある朝、家内に「俺、会社やめようかな?」と言ったら、即答。「どうぞおやめください」そして、間髪をおかずに「あなたならもっと素敵な仕事ができるはずです」と。
その時は長女が5歳、次女が1歳。住宅ローンの支払いは始まって2ヵ月目、今ほど転職の流動性が少ないころですから、今になってみればよく言えたなと思っています。あの時、もし「やめないで」と言われたら、やめたかもしれない。これだけ苦しんでいるのにわかってくれないのだから。
しかし「おやめください」と言われ、いきなり平熱になった私は、逆に「やめてはいけない」と気持ちが変わりました。本当に不思議なものです。

時の力はすごいもので、その後、合弁会社は解散。私は従前の食料海外事業部に戻り、活躍の場を得ました。あのとき、やめていたらと思うとぞっとした瞬間です。

また48歳の時、私は関連会社への異動を経験しました。絶好調の営業部長から関連会社の研修部長への出向です。
「人材開発? 研修所? この俺が」って感じでした。入社以来、ずっと営業を担っていました。数字で会社に貢献することが一番と思っていたので、やはりショックはありました。

その時のこと、やはりメンターの力は偉大です。異動になったときに、前回(第3回コラムで)お伝えした新 将命さんとお会いしたのですが、食事をしながら、気持ちが晴れていくことを感じていました。その中で、貴重なアドバイスもいただきました。

「山本さん、研修部長になったら、だれが一番勉強しなければいけないか、わかる? それは、研修部長であるあなた自身ですよ。研修屋になっては絶対にいけない。学ばない研修部長や担当者は、あたかも知っているようにふるまいながら本質はなにも知っていない。そういう手配師的な存在になってはいけない。まず、山本さんが勉強することです」
というメッセージをいただきました。

メンターの一言ですから、即実行。
配属の3日目に、当時の社長に研修を受けることを相談し、最初に受けたのが、私の運命に大きく影響を与えた、デール・カーネギー・コース。
これも新さんからの薦めでした。新さん自身がこのコースで人生が大きく変わったということを、著書の中で何度も紹介されていました。

そしてやはり私の場合、家族の存在がとても大きかったと思います。
どんなときでも味方がいる、応援してくれる人がいるというのは、なによりの自信となり、よりどころにもなります。家庭の安心感、充実感はなによりもまして重要です。ビジネスパーソンはもう少し、家庭の重要性に気づく必要があるかもしれませんね。

「まさかの異動」を「ラッキー異動」「ハッピー異動」に変革していくのも、心ひとつのもちどころ。

あのヘレン・ケラーはこう言っています。
「人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒に振るか」
メタファーで人事異動を味方にし、楽しく挑んでいきましょう。
まさかの異動を「未来のわくわく冒険」とメタファーしていきませんか?
私は、いつもみなさんの応援団長でいたいと思います。


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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。 40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。 資格としては、GCDFキャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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