【人事担当者を元気にするコラム Vol.38】その時、父は本を閉じ、眼鏡をはずした~ほほえんで~

大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長山本実之

2022.12.23

小学生の頃のこと、ある日の午後、私は父の部屋にかけこんで、その日あったことを思い切り伝えようとしました。
部屋に入ったとき、父はこちらに背を向けて、本に目を置いていました。しかし、私が部屋に入ると、何かを伝えたいのだろうと感じたのか、父は本を閉じ、眼鏡をゆっくりはずすと、私に向かって、こう問いかけました。
「どうした?」
その微笑はとてもやさしく、今でもはっきりと覚えています。

ふだんは厳しい父、包み込むような優しさはあるものの、とても厳しく、私はそれに鍛えられたと感じています。
本好きの父、家にはいつも本があふれ、積み上げられていました。その時も分厚い本を読んでいましたが、私の様子に気がつくと、「さあ、話してごらん」というオーラが全開になって、向きあってくれたことを思い出します。

今思い返すと、コーチングやキャリアカウンセリングにおいて、クライアントに接する際の基本型をそこにみたように感じます。

メラビアンの法則というものをご存知でしょうか? 米国の心理学者、アルバート・メラビアン教授が提唱したもので、コミュニケーションの原則を伝えています。

人が話を聞いている時に、話し手のどのようなポイントに大きく影響されているかを説いたもので、「①言語そのもの」「②声質、大きさ、トーン」「③ボディランゲージ」の3つのポイントでみているといいます。
ではこれら3つについて、どのようなウエイトで人は影響を受けていくと思いますか? よくセミナーでもこの問いかけをしますが、答え合わせをすると多くの方が驚きます。
私も初めてこの比率を聞いた時、大きな衝撃を受けました。なんと「①言語そのもの」は7%、「②声質、大きさ、トーン」が38%、そして「③ボディランゲージ」が55%だというのです。
言語、いわゆるバーバルの影響は、わずか7%にすぎず、言語以外の部分、ノンバーバルのウエイトが93%という衝撃の数字です。

<メラビアンの法則>メラビアンの法則

これには本当にびっくりしました。言葉のウエイトはたった7%なのです。
数年前に『人は見た目が9割』(竹内一郎著、新潮新書)という本が売れたことがありました。その時は、見た目ですべて決まってしまうような誤解が世の中に流れたように感じていますが、そのことを裏づけるような比率であったと思います。

とはいえ、メラビアン教授が伝えたいのは、「見た目だけが大事で、言葉は大事ではない」ということではありません。
多くの方がこのメラビアンの法則を勘違いして、認識されているようです。見た目がすべてで、言葉は関係ないのだと。そうではなく、やはり、言葉はとても大切なのです。聖書にも「始めに言葉ありき。言葉であらわされないものはなにもなかった」と書かれているほどなのですから。
メラビアン教授は見た目がすべてであり、言語の影響力は7%だと言いたかったのではなく、言語とノンバーバル(ボディランゲージ等の非言語)において不一致が起きた場合には、言語のエネルギーは7%になってしまうのだと伝えたかったのです。

たとえば、ある日、上司があなたの目の前に来て、ものすごーーく怖い顔で、眉間にしわをよせ、デスクの上を人差し指でコツコツたたきながら、低くしわがれた声で、こういったとします。
「あとで私の部屋に来てね。あなたにとっていい話だから。きっと喜んでもらえるはずだよ」と。
そのときのあなたは、嬉しい! 早く上司の部屋に行きたい! と思いますか? なにか表情の怖さや雰囲気にひっぱられて、できれば部屋に行きたくないなあと感じるのではないでしょうか?
言葉自体は決して、いやなことをいっているわけではないのに、これはなぜでしょうか?

もう一つ例をあげましょう。ある営業所で、上司がパソコンに向かっています。そこへその会社のセールスがかけこむように、飛び込んできて、上司に向かってこういいます。
「やっと、新規の契約がとれました!」
喜びいっぱいにそう報告をした時、上司がそのメンバーに目をやることもなく、パソコンの画面をみながら、低く面倒くさそうな声で、「おお、よかったな。すごいな」といったとしたら、そのメンバーは喜びをわかちあってくれたと感じるでしょうか? 報告してよかったと思うでしょうか?

イメージ:しかめっ面の上司

おそらく、喜びをわかちあってくれたとは感じないでしょう。
言葉としては、「おお、よかったな。すごいな」と賞賛していますが、態度と言葉に不一致が起きていますね。これが、まさに言葉のエネルギーが7%になる瞬間です。想いは全く伝わらないということになります。

私たちは仕事をしている中で、忙しくなると、無意識のうちにこのような態度でメッセージを送ってしまうことがあるのではないでしょうか?
ご自身をふりかえってみましょう。言葉を発しているけど、伝わらない。そんな時、このメラビアンの法則を念頭において、伝えてみてはいかがでしょうか?
まずこの理論を知らないと、言葉だけをいえばいいと感じてしまうこともあります。言葉のエネルギーを100%として発信していくためには、バーバルとノンバーバルを一致させる努力が必要となります。ただ話せばいいというわけではなく、まずは言葉と態度を一致させようとする意志から始まります。

この考え方は、喜びを表すときにも、とても効果的に働きます。たとえば拍手というのも、とても有効な方法です。
どうです? 最近、職場で拍手をされた経験のある方はいらっしゃいますか?
拍手はいいですよ。場のエネルギーがあがり、メンバー同士の心がつながります。私は営業時代に、この拍手をよく活用していました。
「新規契約がとれました!」という報告があったとき、課のメンバー全員で、「やったな」「すごいな」と賞賛しながら、拍手の嵐。かなり嬉しいし、盛り上がります。

イメージ:拍手の効果

明治大学教授の斎藤孝先生は、所属するゼミ生がいい発表した時には、大きく拍手しながらよく、こう言うそうです。
「ファンタスティック!!」
こう叫ぶと、最初、学生たちも意味がわかったような、わからないような表情をするようですが、大きな声と、笑顔に気がつくと、学生たちも賞賛されていることを感じ、喜びにあふれていくそうです。

ビジネスパーソンもこの拍手の効用に気づき、職場や家庭で活用していくことはとても有効なのではないでしょうか? もしそのことに気づいたとしたら、ぜひ職場や家庭で拍手をしてみてください。拍手をされた人は笑顔になります。
あわせて「素晴らしいね! すごいね!」といった言葉を添えるとさらに効果が増します。
「たかが拍手、されど拍手」、人の心を高揚できたとしたら、とても意味のある行動だと思います。

今思えば、冒頭の父のしぐさはメラビアンの法則をしっかりふまえた行動だったと感じています。とても学びになる、そして真似をしたくなる聞き方だったと感じています。
メラビアンの法則は通常、話をする際に活用されることが多いのですが、父の対応をみていると、聞くときにもおおいに実践すべきことだと感じます。

昔、父に私の祖父のことを尋ねたことがあります。早く亡くなってしまったので、私はお会いしたことがないのですが、明治生まれのとても厳格で寡黙な方だったそうです。父が幼い頃のこと、私と同じように祖父の部屋に入ったとき、後ろを向いたままでなにも話しかけてくれることもなく、何分も静かな時間が流れて、つらかったということを聞いたことがあります。
その経験から、父の行動や態度は生まれたのかもしれません。明治時代のころの父親はみんなそのような感じだったのだと思います。

私もメンバーからの報告、相談があるときには、心をオープンにして、わくわく感をもちながら、話しやすい、報告しやすい環境をつくっています。そんな環境づくりの達人になりたいと思います。父が私に微笑みかけてくれたように……。

また、コミュニケーションを考えていく中で、忘れられない言葉があります。尊敬する慶應義塾大学の教授だった村田昭治先生から聞いた言葉です。
村田先生はハーバード大学への交換留学の第一期生だったそうですが、その留学の際に知ったのが、ハーバード大学の3つのマインドです。
それは「テンダーマインド」「オープンマインド」「タフマインド」の3つの心です。人として、コミュニケーションの際には、今でも十分に通じるマインドだと思います。
この話は、私自身がめったに聴かないラジオを通じて、話を聴いたことから始まります。いずれまたお話ししますが、このラジオを聴いたことこそが、その後の村田先生との出会いにつながっています。人生は本当に不思議なものです。

3つのマインドのうちのひとつ「オープンマインド」は、日本人にはとても大切ですね。全員とはいいませんが、外国籍の人は、日本人よりも比較的、オープンな方が多いように思います。人に対して、考え方に対して、心を閉じずに、オープンで接していくこと。今はダイバーシティなどといわれていますが、一人ひとりがシンプルに心を開いていくことがとても大事に思います。
続いて「テンダーマインド」、これは優しさのことです。これもとても大切だと思います。人として多くの方々に優しく接していく。優しい心が相手の心をなごませ、いろいろなことにチャレンジできるよう、導くことができるようになると思います。よく村田先生が「優しき人、優れた人」と言っていました。まさに資質としてとても大切なことだと感じます。
そして「タフマインド」、いろんなことにタフな心も大切です。優しくあるためにはタフでないと、負けてしまう、心が折れてしまうといわれます。優しくあるためにもタフさが求められるということですね。
米国の推理小説作家、レイモンド・チャンドラーによる探偵小説で、主人公のフィリップ・マーロウのセリフに「人は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」という言葉がありました。
まさにハーバードの3つのマインドにもつながるように感じます。
メラビアンの法則を実践するためにも、ハーバードの3つのマインドは必要になると思いますし、ダイバーシティ&インクルージョンといったことが、これから進んでいく中でも、大切な考え方だと思います。

表現はいろいろと変わっていきますが、人として求められる資質は古来よりあまり変わらないのかもしれません。
日々、魅力ある人物となれるよう、言葉と行動を一致させていきましょう。

 

  【お知らせ】
山本実之氏による「人事担当者を元気にするコラム」の連載3周年を記念して、山本実之氏からコメントをいただきましたので、ご紹介いたします。
山本実之氏による「元気が出るコラム」連載3周年記念特設ページ
 

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Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当し、その後、営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。のちにグループの関連会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。

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