大手食品メーカーグループ会社 代表取締役社長
2021.10.22
人事の方から時折、営業部門への配属を回避したがる若者がいると聞くことがあります。
たしかに新卒の人材については、学生の時点では「営業」という仕事へのイメージが薄いこともあって、営業という仕事のとらえ方を勘違いしていたり、「売り込み」や「夜討ち朝駆け」といった、なにやら強引なセールスを行う仕事だといったイメージをもってしまっているのかもしれません。
私の会社生活のうち約25年は、事業部門での営業を担当していました。そしてその経験は、とても価値があるものであったと感じています。
そこで今回は、私の人格形成にとてもいい影響を与えてくれた、「営業」という仕事についてお伝えしていきたいと思います。
まず、キャリアの面から考えてみると、今は「人生100年」の時代で、様々な学びを続けることが必要となってきています。「人生二毛作」とか、「人生ふた山」といわれ、その長い道のりにおいて、いくつかのキャリア経験をしていくことになることでしょうが、そのなかで営業の経験は大きな財産となることと思います。
今、営業ではないという人でも、普段、仕事を進めていく中で、「なにかを売り込んでいる瞬間」があったりはしませんか?
たとえば、総務系の仕事の方でも、新しいオフィスづくりのためにスペースが必要になるとき、またフリーアドレス化するに伴い、新しい机やいすなどを購入する必要があるといったときなどには、上司の方に説明すべき点を自分自身で考え、提案することになりますよね。
本人は意識していないかもしれませんが、そのときに行う「提案 ⇒ 受け入れ」という流れは、まさに営業スタイルそのものだといえます。
同じように、人財開発担当者が新しい研修企画を導入しようとするとき、役員や人事部長に提案するといった場面では、まさに営業として、なにかを売っていくのと同じようなスタンスになっていることでしょう。
このように、営業という仕事は様々な場面で役立つ力が身につきます。
営業では、アポイントをとり、説明をし、相手の想いに寄り添い、相手が買いたくなるようにアプローチをして、成約そして販売、さらには回収といった流れが基本になるはずです。
この「アポイントをとる」こと一つとっても、とてもいい勉強になります。
アポイントをとる際、相手が新規の方であれば、短い言葉で、自分は何者で、なにができて、どんなベネフィットがお客様に与えられるのか、というイメージをもってもらい、面談へとつなげなくてはなりません。
それゆえ、営業活動を通じて、いつしか丁寧なアポが自然にとれるようになっていきます。きっと社内アポであっても「彼は感じがいいな」と好印象につながっていくことでしょう。
続いては面談。ここで最も大事なことは、面談の場面そのものではなく、その前にある準備段階にあると感じます。相手の会社の状況や、目指している方向、必要としているものが何であるか、業界のトレンドなど、調べることは山ほどありますね。そういった情報をまずしっかり頭に入れてから面談に向かいます。
ここで身につく「面談力」も、そのまま社内打ち合わせの能力として役立つはずです。
ちなみに私の場合、最初の面談は、次につながることを目的として会うことが多かったと思います。「またの法則」、つまり「また来てね」「また会いたい」という感覚を相手がもつように商談をクローズするわけです。セールスの本などでは、成約をクローズといっているようですが、私は、毎回の面談に「次につながる」というクローズがあると思っています。
特に第一回目の面談は、印象づけがとても大事。そして「この人とつきあっていくと、なにかメリットがありそうだな」と感じてもらう必要があります。だからこそ、その日の面談のゴールは、「次回も会いたくなるような空気感でわかれること」、あるいは「次回につながる興味をひく宿題をもらうこと」にあります。
セールスは、別名「タスクゲッティングワーク」といわれることがあります。これは宿題をいただき、次なる商談につなげるようにしていくということです。
よくあるセールスの間違いは、話し過ぎです。相手のことを知らないままで、自らの話をいくら展開しても、それは空回り。まずは的確な「質問力」をしっかり身につけて、相手のニーズを聞くように質問をしていくことが大事です。ここで、セールスの差はあらわれていきます。
もちろん同時に、業界のことをよく知っているということも、とても大事ですね。
加えて、話をするときに気をつけるべきことは、今、話していることに相手が興味をもっているかを察することです。
これは「見る」よりも「観る」あるいは「においをかぐこと」に近いように思います。五感を最大限に使い、皮膚感覚も研ぎ澄まし、相手の興味の度合いをみながら、話していくのです。
特に、相手の目をしっかりみながら、様子をうかがうことが大切です。
とはいえ、目をしっかりみすぎると、相手は固くなってしまいます。そんなときは、相手の鼻の頭あたりをみていると、こちらも意識をせず見続けることができますし、逆に相手からは、しっかり目を合わせてもらっているように感じられます。
また相手の動作にも要注意です。腕を組んだり、外を見ているといった様子のときは、その話には興味はあまりなく、ほかの話を求めていることが多いですね。
そのほか、受け答えの様子などもしっかりみていく必要があります。
こういった「反応をつかむ作業」は将来、営業以外のシチュエーション、たとえば上司になにかを提案するときの練習にもなります。
営業として給料をもらいながら、人を説得するスキルを学ぶことができているのだと考えることもできます。しかも実践で。これは素晴らしい人生のビジネス科目だと思いませんか?
商談の時間も相手の様子にあわせて、調整するとよいでしょう。相手がそわそわしていたり、余裕がある様子であったり。そんな様子をみていれば、よくわかるようになってきます。同じ相手でも状況によって、全く異なる対応になるので、要注意。とにかく、観察です。
そのうえで、相手のニーズをしっかりとつかんで、満足度を毎回あげていくようにしていくことが大事です。いい意味での「お土産」を用意して、伝えていくのです。
そのためにも、観察を通じて、その人にとっての「お土産」は何であるかをしっかりつかむことが必要になります。ある面、その人にベネフィットを与える行為ですね。
たとえば海外の情報を求めているようであれば、自分の出張での経験や社内での情報を駆使して、満足いただけるようにお伝えする。あるいは自己啓発がとても好きな方であれば、自分が出席したセミナーを紹介したり、読んだ本を差しあげるなど、相手によってニーズは全く異なりますが、相手から、「また会いたくなる人」といわれることを目指していくと、結果としてのセールスはついてくると思います。
実際に私は、お客様から、「山本さんが扱っている物を買いたい。それがたとえほかの商品でも」と言われたことがあります。その方は、私と会うことを楽しみにしてくださっていたようです。それは、相手の求めているニーズに、私の話すことがリーチしていたからでしょう。
営業は大変だと思われがちですが、タスクを分類しながら、学んでいくと、とても大きな学びのある仕事であり、とてもダイナミックな仕事だと感じます。
例えば、陸上競技の100m走。わずか10秒弱のことですが、これをスタート、中盤、フィニッシュなどと細かく分類し、アスリートはそれぞれの対策を行っています。営業も同様に、作業を分類すると、そのプロセスごとに学びがあり、それぞれ工夫によってスキルアップが図れます。
商談の場面などは、プレゼンそのもの。業務を通じて、プレゼン力があがるってすごいことだと思いませんか? 研修ならお金を払ってでも学ぶところですよ。
しかも人間力も同時に培うことができます。考えながら営業をしていくと、精神的にも大きく成長が見込めるなど、私は営業とは素晴らしい仕事だと信じています。
ただし、営業の仕事をしていても、なにも考えずに、ただ惰性で仕事をしているといった状態では、同じふちをずっとまわっているようなもので、年数だけが経ち、成長はしていないということも起きてしまう業務でもあります。
だからこそ、常に学ぶ、学ぶ、そして楽しく行うという姿勢が鍵でしょう。
それと、商談の場面では、成約しなかったときこそ、その時の態度が大事になります。
「なんだ、決まらなかった」ではなく、相手と貴重な時間を共有させていただいたことに心から感謝をしていく。もちろん残念な気持ちもあるでしょうが、気持ちをすぐに切り替えるという練習にもなっていきます。
自分のマインドをタフマインドにしていく訓練を、ビジネスを通じてできるなんて、すごいことだと思います。
しかも、マインドセットの達人にもなることができます。その時の気持ちをしっかり受け止めておけば、後輩が同じ場面になったとき、乗り越える方法を伝えることができるし、子供が受験に失敗したときでも、お父さんにもこんなときがあって、乗り越えていったよと伝えることができる。
営業はストーリーテリングを学んでいくこともできる。まさに経験は宝です。
私は、営業部門と事務部門をともに経験しましたが、その活動を振り子にたとえてみたいと思います。振り子が喜びとつらさの間をゆれているとすると、営業と事務とで、そのふりこの幅が異なるように感じています。
営業は、成約したときの喜びなどは大きく、逆に、ときにはがっかりすることもあります。その振幅が大きい。一方で、事務部門は喜びがやや小さめで、悲しももやや小さい。これはざっくりとした比較になりますが、両部門を経験した、実体験の感覚です。
営業とは人生のおおいなる経験を、給料をいただきながら、学んでいると思えばいい。ビジネススクールでお金を払って学んでいくような内容を、営業という仕事ではなんと、お金をもらいながら、アポの取り方、プレゼンの仕方、説得のコツなどを学んでいくことができる。これってすごいと思いませんか?
もちろんなかには、つらいことだってあります。クレーム処理などはその一つですが、すべては学びです。無駄なことはひとつもありません。
私にもいろいろありました。クレーム処理である工場にいって、現場で叱られて。サンプルをもって、一両しかない田舎の電車にゆられて、そのとき窓から見た夕陽はやけに大きく、そして赤かったなあ。
また、雨降る休日にクレーム品を受け取りにいったりしたときには、なにをしているのかなあ、などと思ったりもしました。
そんなことが何度もありますが、すべては学びです。
私がメンバーによく言っていたことがあります。どんなときでも、
「大丈夫! 命はとられないよ。萎縮しないで、のびやかにいこう!」
そう言っていました。営業においては、「なんとかなる」という感覚も大切だと思います。
ピーターパンの作者として知られる、イギリスの劇作家、ジェームス・マシュー・バリーは言っています。
「幸福の秘訣は、自分がやりたいことをするのではなく、
自分がやるべきことを好きになることだ」
これは営業に最も通じる言葉のように思えます。
営業の仕事を大好きになって、大いに学んでいきましょう。
きっと将来、宝物のような経験となり、スキルはもちろんのこと、人間力も向上していることと確信しています。
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