企業内診断士の活躍と活用の意義

株式会社同友館 月刊『企業診断』編集長馬渕 裕介

2020.11.27

「中小企業診断士」は、同じ国家資格の医師や弁護士と違って、いささか地味な存在です。これまで、前二者のようにテレビや映画の中で主人公となることもなく、“正義派診断士”として窮境の町工場を救うこともなければ、“悪徳診断士”として名刑事の餌食となる、といった派手な活躍の舞台はありませんでした。

現在、中小企業診断士の有資格者は2万6千人前後と推定され、そのうち企業内診断士は7割程度と言われています。医師、弁護士、公認会計士、税理士よりも独立志向が比較的低く、企業内の業務でスキルを生かす人が多い資格です。

しかしながらコロナ禍の現在、診断士資格の認知度は、これまでにない高まりを見せています。令和2年度の中小企業診断士第1次試験では、合格者数5,005名*と平成13年度の大幅な制度改正以降、過去最多となりました。
*参考:(一社)中小企業診断協会「令和2年度中小企業診断士第1次試験の結果について(合格発表等)」

また、企業の人事・福利厚生担当者の間でも、診断士資格に対する認識が広がってきました。社員のスキルアップや退職後のキャリア、進路指針のために、資格学校の教材や講座を採用するケースが増えてきています。

中小企業診断士は、コンサルタント系では唯一認められた国家資格です。当然、その取得は容易ではなく、かといって難しすぎることもありません。中小企業経営にまつわる知識を幅広く身につけるうえで最適な資格であることは、広く知られているとおりです。この点において、当人はもとより、企業側にとっても数多くのメリットが存在しています。

 

【参考】一般社団法人 中小企業診断協会が公表した「データでみる中小企業診断士2016年版~中小企業診断士アンケート結果から~」(回答数1,992名)では、「1. 基本属性」において、現在の職業を問う項目があるが、これによると「企業内診断士(公務員や公的機関・団体等での勤務の方や、調査・研究機関勤務の方も含む)」の割合は47.4%、対してプロフェッショナルコンサルタントとして活動している診断士は47.0%となっており、その比率は拮抗していることがわかる(該当箇所へ)。

 

企業内診断士は自社で活躍している

月刊『企業診断』では、連載「企業内診断士の冒険」(2017年9月号~2018年8月号)にて、上場企業の役員から一線の営業パーソンまで、企業内診断士の多彩な活躍を紹介してきました。

異口同音に皆さん、診断士試験を潜り抜けてきたことで個人的にも業務的にも自信がつき、また顧客との間にも的確なアドバイスを通じて長期的な信頼関係を築けるようになったと語っています。また、財務・会計を楽しいと感じるようになった、地域の産業について深く語れるようになった、などの話もよく聞きます。

受験勉強の段階でも、知識が身につく中で自身の業務の問題点や改善案を思いついた、社内外のグループで議論をしているうちに業界や世間の動向に敏感になり本業でのプレゼンで生かせた、といった事例もありました。

特筆すべきは、診断士活動を通じて、一般社員でも幅広い業界や役職の人と横のつながりができることです。独占業務のない診断士資格ならではのメリットと言えます。診断士活動で築いた人脈から研修や支援などを依頼され、本業の売上につながったという事例も少なくありません。

また、私生活でも診断士活動を通じたボランティアや趣味で一層の充実感を得たと、満足感にあふれたコメントを頂戴しています。

個別の活躍の詳細については、本誌バックナンバーでご確認いただければ幸いです。お気軽に、同友館編集部までお問い合わせください。

このように、社員が診断士資格を取得することによって、良い意味での“サイドエフェクト”が企業内で発揮されています。いずれのケースにおいても、当事者たちは「診断士知識があれば、誰でもできるはず」と感じているようです。

企業人が診断士資格を取得する大きな意義は、幅広い知識や人脈を得ることで、これまでの自身の経験を体系化し、ビジネスパーソンとして一線を越えることにあると言えるでしょう。そのような人材を抱えることは、企業側にとっても大きな魅力となるはずです。

企業内診断士を活用すれば企業も伸びる

ところで、ここに一つの問題が浮上します。それは、経営者、管理者にとっては人事上の問題であります。すなわち、せっかく企業内で社員の資格取得を支援したとしても、その後に退職・独立されるのではないかという恐れです。

たしかに、その恐れは無きにしも非ずでしょう。さりながら、資格の取得自体が退職の直接の要因になっているケースは少ないのが現実です。これまで、本誌では数多くの独立診断士に取材を重ねてきましたが、退職は他のさまざまな要因が重なって決断までに至っていることがほとんどです。

たしかに、人間には独立志向なるものがあります。ましてや、サラリーマンで一度も退職・独立を考えたことがないという人は少ないでしょう。しかし、誰にとっても独立は賭けです。10人が10人、賽の目に人生を賭けようとする人ばかりではありません。実際は、組織の中に居場所を求め、そこで活躍することで、ひいては社会への貢献を果たしたいと考えている人が大半です。そのことは、前述の企業内診断士の数字が表しています。

企業内診断士は、必ずしも独立診断士と同じものを目指しているわけではありません。資格取得後には、まずは足下、組織の中だからこそできる大きな仕事に目を向ける傾向にあります。

資格取得後、社長の片腕として経営部門に配属された、社内改善プロジェクトの旗振り役を任せられた、新サービスを立ち上げる責任者となり顧客拡大に貢献した、などの事例は枚挙に暇がありません。いずれも、誰が担当しても同じ結果が出るような仕事ではなく、「自分だからこそできた」と認識できる仕事を任せられることで、そのモチベーションをさらに高めています。

このように各企業は、企業内診断士に組織の中でその力を発揮させるべく、処遇や手当てなどで対応し、人材の確保に努めています。企業内診断士の思い切った登用は、退職によって生じる諸々の費用を考慮しても、決して損な投資とは言えません。むしろ、退職のリスクを補って余りあるメリットがあることを多くの事例が証明しています。

 

【参考】先述の「データでみる中小企業診断士2016年版~中小企業診断士アンケート結果から~」(回答数1,992名)の「2. 活動状況について」において、企業内診断士としての志向を尋ねる項目があるが、多くの方が「経営全般の勉強・スキルアップ」や「定年後または退社後の資格活用」と回答していることからも、企業内診断士の多くは仕事を続けながら、企業内でのキャリアアップや診断士としての専門性を高めていく志向が強いことがうかがえる(該当箇所へ)。

 

大きな変動期こそイノベーターを

本誌『企業診断』は創刊以来67年にわたり、日本企業の99.7%を占める中小企業とそれに寄り添う中小企業診断士、その受験生、また大所高所からの論文を寄稿くださる大学教員の皆様とともに、世の転変、経済の変遷の幾度を越え、今日まで歩みを重ねてまいりました。

そして現在、また大きな変動期が世界的にも国内的にも訪れようとしています。今やリモートワークが普及し、副業の解禁も広がりつつあり、勤務形態が大きく変わろうとしています。この変動期の今こそ、中小企業診断士という国家資格の柔軟な活用についても、企業としても企業人個人としても、真剣に考えられるチャンスがやってきたのではないでしょうか。

企業の人事・教育担当者の方々には、ぜひ社内で診断士資格の取得を推奨してもらいたいと考えます。企業人が診断士活動を通じて外の世界を知ることは、自社のことを多面的に考えるうえで極めて有効です。本誌の事例によらず、イノベーションを起こす人材は、いつでも特定の業界に収まっている人間ではなく、外の世界、すなわち本業とは異なる分野を知っている人間だからです。

イノベーター(革新者)となり得る人材を育てるのに、中小企業診断士ほど適した資格はありません。そして、この変動期の今こそ、イノベーターたり得る企業内診断士の活躍の時です。

中小企業診断士の活躍がさらに広がり、近い将来、テレビや映画の中で半沢直樹ばりに吠える“正義派診断士”の姿を見ることができるでしょう。


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Profile
馬渕 裕介
株式会社同友館 『企業診断』編集長
新聞社の編集アシスタント、書籍の編纂、ビジネス誌の記者を経て、株式会社同友館にて、月刊誌『企業診断』の編集に携わる。2016年、編集長就任。『企業診断』は国内唯一の経営コンサルティング実務の専門誌。中小企業の診断・支援のノウハウや事例紹介、中小企業関連施策の動向などを中心に、コンサルティング実務に役立つ情報を掲載。経営コンサルタントの国家資格「中小企業診断士」をめざす受験生のための実力養成講座も好評連載中。

月刊『企業診断』(同友館)
日本でただ1つの企業診断・経営コンサルティング実務の専門誌。1953年の創刊以来、企業経営の諸問題についてコンサルティングの領域から切りこむ独自の編集方針で、オピニオン・リーダーの役割を果たしてきている。
中小企業の業務改善の診断・支援をはじめ、IT対応、国際化対応等、コンサルティングの実務に役立つ内容を届けるほか、中小企業関係法令の発令・改正等の情報、各種業界の最新情報が充実している。また中小企業診断士をめざす方のための実力錬成講座も好評。

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