【人事担当者を元気にするコラム Vol.64】宿題ってなんでしないといけないの?

元大手食品メーカーグループ企業 代表取締役社長
経営コンサルタント・人財開発コンサルタント山本実之

2025.02.28

もし子供から、「宿題ってなんでしないといけないの?」と問いかけをされたとしたら、みなさんはなんと答えていきますか?
「やらなきゃいけないのが、宿題だよ」とか「当たり前のことだから、しっかりやりなさい」とか「自分自身のためだよ」とか、様々な答え方があるように思います。
この問いに、的確に答えていた人物がいます。それはメジャーリーグで活躍し、米国の野球殿堂入りを果たした、あのイチローさん。イチローさんは、子供たちに尋ねられて、次のように答えていました。

「人生ではやりたくないけど、やらなければいけないことがあるんだよ。今そう思っていても、それをやることによって、将来にいきてくる。特に社会にでてそう思うことがでてくる。僕もそう、同じ。やらなければいけないことから逃げていて、成長することはない」と。

とても明確な言葉だと思いませんか? ビジネスパーソンにもそのまま通じていくように思います。ビジネスパーソンにとっても、いつもやりたいことばかりでは当然ない。苦手なことや嫌いな事もあることでしょう。
私も新人のころ、思い出しても苦手なことはいっぱいあったなあと思います。特に苦手だったのがTELEX(専用回線と端末を通じてテキストメッセージを送受信するシステムで、FAXの前身ともいわれる機器)をうち、送信すること。今では化石のようなツールですが、当時、海外とやりとりするときに使用されていました。
TELEXは文字数が少ないほど金額が安くなるため、英語の単語を短縮してうつことになります。たとえば、「TKS」などはまだいいですね、「Thanks」です。では「MKT」、なんだかわかりますか? これは「Market」、商品市場のことです。当時は「ASAP」ってなにって感じでした。これは「As soon as possible」、できるだけはやくという意味です。ただでさえ英語が苦手だったうえに、短縮文字で文章を作成して発信するなんて、とても大変な仕事だと感じながら、日々を過ごしていました。

[資料画像:テレックス]
NTT Public Corporation – Journal: NTT Public Corporation (1967). 電気通信施設 19(4). ISSN 0285-550X. via the National Diet Library Digital Collections.より

ある方からこんなメッセージをいただいたことを覚えています。「大切なことは、好きなことをするのではなく、している仕事を好きになること」。いいえて妙だと思います。
仕事を好きになるコツとしては、いくつかあると感じていますが、やはり自分主体で仕事をしていくことだと思います。仮に上司や他社からの依頼だったとしても、自分事として取り組んでいくことが大切。まさに自分株式会社に発注がきたと思って取り組んでいくと、対応の仕方もかなり変わってくることと思います。やらされ感ではなく、自ら飛び込んで仕事をしていくという感じでしょうか?

父が生前よくいっていたことを思い出します。
「なにか仕事を頼まれたとき、一つの仕事から一つを学ぶのではなく、工夫して取り組んで、最低3つから4つを学んでいこうとすること、そんな取り組みが成長する大きなコツなんだ」と。
「今日は、いくつつかんだのか?」などと聞かれて、ドキッとしたことは何度もありました。
ひとつの仕事から3つ、4つ学ぼうとすると、その仕事はすでに作業ではなく、その中から意義や意味を見出していこうとしている、つまり何かを学んでいこうというスタンスになっている。その時点で、やらされている意識はなくなってしまうと思います。
心の中で、そのように想いながら仕事をしていても、周囲からは結果だけしか見えません。まさに、自分チャレンジですね。

毎回はできないかもしれませんが、依頼された仕事を、自分チャレンジに変えていくと、単なる上司の指示だったものが、指示という範疇をこえて、学びのメッセージになっていくと思います。
仕事を複々線でみるようになっていくと、結構、楽しくなっていきます。仕事そのものが、ワンダーランドに変わっていくことを感じられるのではないでしょうか?

たとえば、食品会社にいて、ある商材を担当するようになったとします。それをただ商品として漠然としたまま扱っていると、それでも仕事になりますが深みにはつながりませんね。
どんなものにも歴史があります。なぜ、どのようにしてその商品がこの世に誕生したのか、歴史を振り返ってみると、仕事にはとても深みがでてきます。たとえば、研究所の研究員に聞いてみれば、プロフェッショナルなメッセージを聞くことができますし、企画部門にいけば、その商品の誕生ストーリーを聞くことができるでしょう。どんな商品にも物語があり、熱い会話の中で、商品はこの世に生まれています。結構、熱い会話になると思いますよ。
担当している商品をただ扱っているだけのセールスと、その想いや背景を知っているセールスとでは、深みや人間性の厚みに差がでることは明らかですよね。すぐには数字の結果がでてこないかもしれませんが、長期的には大きな差になってくることはあると思います。

いろいろ調べながら取り組んでいくこと、とても大切だと思います。一見無駄のように思えることもありますが、世の中に無駄なことは一つもないと思います。
囲碁の世界では、布石というものがあります。対局の中で、突然、離れた場所に碁石が打たれる。その場ではなんだか意味がわからない。ところが何手か後に、その碁石がキイになって勝負をわけていくことがある。布石は未来に向けての準備の一手であり、将来をわけていく一手になることもあります。仕事を楽しく、いろいろなことを学びながら視点をふやすことは、人生の未来においての布石を打つことにもつながってくることだと思います。布石こそはある面、究極の先手必勝。その時にはわからずとも、あとになって人生に大きく影響を与えていくことになっていく。
もしかすると、今やりたくないことに、将来の布石が隠れていることもあるかもしれません。

「宿題」を将来の「課題」と置き換えた視点からみると、ポイントはやらされ感からの脱却なのかもしれません。すべては自らの成長のためにつながるという想いになった瞬間、上司の依頼、指示なども自分事、自分を成長させていく一つの課題、未来への布石と感じることができるでしょう。
すべての出来事は学びの場、成長の場へと変換できるように思います。成長に変えていけば、すべてのことは、楽しさ、面白さにつながっていくように感じます。

明治維新の英傑、高杉晋作の有名な言葉に「面白きこともなき世を面白く、すみなすものは心なりけり」というものがあります。
知恵と工夫で、仕事の見え方も大きく変革していけるのではないでしょうか?

また、私たちの目の前には上司、リーダーがいることと思いますが、ぜひ日頃の姿を観察しましょう。たくさんのモデルがいるわけですから、ただ見ているのではなく、行動や態度をしっかりと観察していると、気づき、学びがあります。会社にいれば、いずれはいろいろな判断にせまられる時があります。その学びの積み重ねが、大きな判断の際に有効になってくると確信しています。

上司がなにか判断するときも、「どうやって判断していくんだろう?」とみていくことです。自分だったらどうするかな、ということをみながら、ある面、上司の行動、判断を通じて、未来の予行練習をしていく。
自分自身もいずれ、リーダーとして判断をしていく場面がありますから、今みておくことはとても勉強になるし、将来のシミュレーションになっていきます。
同じ判断なのか、異なるのか、そしてそのアプローチは、どのように周囲を巻き込んでいくのか、など観察すべきことはとても多くあふれているはずです。自分の心で感じながら行動をみていくと、仕事ってかなり面白いですよ。

仕事をしながら、自分だったらどうするかと業務自体を自分事でみていく訓練はとても大事で、将来、自分がジャッジするときに大きな参考になるはずです。

あるビジネススクールの教授が、こういっていました。同じ30歳でもスタートアップ企業の役員と、大手企業の社員とを比較した場合、大学生と小学生のような違いがあると。それは、スタートアップでは決定権をもちながら、日々、ジャッジしているので、大手企業の部長クラスの判断を何回も実施している。一方、大手企業の社員はその経験もなく、ただ担当者でいるので違いがあるといっていました。
いろいろな見方があっていいと思いますし、必ずしも、現地点だけで考える必要はなく、大手の場合であれば、ゆっくり学び、歴史を学び、大きくゆったりはばたく機会とすることも大切だと感じます。

まだ将来の布石を打っている段階では、大きく伸びやかな成長をみていけばいいので、焦りはいらないと感じています。スタートアップの選択もそれでいいと思いますが、一方でその社内は人間関係や制度が成熟していないため、人間的な摩擦が起きることがあるようです。どちらがいい悪いという手合いではなく、自分はどちらの人生を選択していくかということだと感じています。
その中でやはり、課題から逃げないということも大切な考え方の一つだと感じます。今はタイパ、コスパの全盛時代ではありますが、本物の輝きを得るためには、ある程度の時間をかけていくことも必要だと思います。
「モームリ」という仕事をやめるための退職代行会社があり、入社すぐに利用されるケースもあると聞きます。そうまでして辞めたい、本当の意味で問題のある会社もあるかもしれませんが、課題に取り組む中には、将来的に人生の布石のようなものにつながっていくことも多いと感じています。

まずは様々なことを好きになってみることも大事だと思います。
よくいわれるように、向き不向きより前向き、そう前を向いて、一つひとつにチャレンジしてみましょう。イチローさんの言っているように、その延長線上に未来が開けることもあると感じています。ぜひ宿題から逃げずに、トライしていきましょう。
小学校のころ、夏休みの宿題を最終日にやっていた私が言うのもおかしな話かもしれませんが……。

世界的に有名な人材養成ビジネス会社の会長で、モチベーショナルスピーカーとして知られるブライアン・トレーシーの著書に、「カエルを食べてしまえ」という有名なビジネス書があります。これはもちろん、カエルの食べ方を指南する本ではなく、仕事などでは、いやなことから先にやってしまうと作業もはかどっていくというたとえです。

未来への一歩、今、変えていきましょう。

▶ back numberはこちら

 山本実之氏による「人事担当者を元気にするコラム」の
 バックナンバーはこちらからお読みいただけます(一覧にジャンプします)

日本経営合理化協会より、山本実之氏による『「人を動かす」「道は開ける」に学ぶリーダーシップ』が発売されます(下記バナーより日本経営合理化協会サイトの紹介ページにジャンプします)

Profile
山本実之
大手食品メーカーに入社。20代は商社部門で食品原料の輸入販売を担当。30代は食料海外事業部に所属し、シンガポール・プロジェクトをはじめ米国・香港等へ製品輸出を担当し、出張した国は32ヵ国にのぼる。さらに英国との合弁会社にて営業企画管理部長を担当(上司がイギリス人、部下はアメリカ人)。
40代は新規事業立ち上げのリーダーを担当、のちに営業部長に。40代後半からは研修部長として、人財開発を担当。その後、グループの関連会社の代表取締役社長を経て、現在はビジネスパーソン向けの人財開発事業に情熱を注いでいる。
資格としては、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、キャリアコンサルタント(国家資格)、(財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)、CFPⓇ。デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン公認トレーナー(デール・カーネギー・コース、プレゼンテーション、リーダーシップ)を取得。
人財開発コンサルタントとして活動し、2024年12月よりPHPゼミナール講師も務めている。

一覧に戻る