コラム

ナトラ合同会社 代表
経営コンサルタント・人財開発コンサルタント
元大手食品メーカー・グループ企業 代表取締役社長
2025.04.25
みなさんは、何かに取り組んでいる時、どんな気持ちで対応していますか?
また、リーダーや上司から指示を受けて、取り組む時、心はどんな状態で取り組んでいますか?
「ただやる」というのと、「心を込めて本気で取り組んでいく」というのでは、気持ちの面からも、できあがるパフォーマンスの面からも大きく異なると思いませんか?
過去の経験を振り返ってみて、いかがでしょうか? 自分自身が心から納得し、正しく意味を理解した上で、取り組んでいる時、完全に自分事として取り組んだ時は、仕事に向かって、イキイキして、ワクワクしているのではないでしょうか? それこそ時を忘れ、寝食を忘れ取り組んでいる、そんな感覚があることと思います。
逆に、ただ指示されたから、やれと言われたからやるというのとでは心持ちも、そして結果も全く異なっていくことと感じます。
今回のテーマである、「センスメイキング理論」は、いままではどちらかというと、精神論的にとらえられていたものを、アカデミックに体系づけていったものです。
これは組織心理学者であるカール・ワイクによって提唱された理論であり、いわゆる「腹落ち」理論です。より精密には、「組織のメンバーや周囲のステークホルダーが、事象の意味について納得(腹落ち)したこと、それを集約させるプロセスをとらえる理論」です。
センスメイキングとは、複雑であいまいな状況や情報に直面した際に、それらを理解し、意味づけを行うプロセスのことをいいます。
「予期しなかった事態」「大きく変わる環境」「新しく何かを生み出す状況」に直面した組織に、センスメイキングは多大な影響を与えるとされることから、現在のような大変革の時こそ必須だといわれるのです。
未来に向かう場合、あるいは共通のビジョンに向かう時に、この腹落ちするか否かによって、その結果に天と地ほどの開きが生まれることでしょう。リーダーはいろいろな角度から、業務を定義していくことが大切といわれますが、そのメンバー一人ひとりが腹落ちするように語っていくことも、リーダーの役割の一つです。
ある面、仕事を作業として終わらせるのではなく、社会的使命感あるいは社会貢献まで昇華させて伝えることが、とても大事なことになってきます。
リーダーが組織や周囲のステークホルダーのセンスメイキングを高めることができれば、周囲をまきこみ、客観的にみれば起こりえないような事態に対しても、社会現象を起こしていける。つまり新しい未来をクリエイトしていけるということです。
物質でたとえるならば、水を温めていくとお湯に変わり、やがて99℃を通り越し、100℃で沸騰する。その99℃と100℃のわずか1℃の間に、液体から気体へと変わる、ある地点が存在するはずです。まさに水⇒気体への劇的変化ですね。わずか1℃の差なのに、物質そのものの差を生み出してしまう。
リーダーが仕事の意味や意義、そして魅力を伝えていくときには、この1℃の差、つまり、物質の変化を生み出すほどの情熱を求められることでしょう。
言葉として「責任感」や「やり切る」、「グリッド」などといわれても、メンバーにとってはイメージが描きにくいことも多々あると思います。そこにストーリーとしての息吹、生命を吹き込むことにより、言葉に血液が流れて、活性化していくのだと感じます。このことが、リーダーはみな、ストーリーテラーになる必要があるということの所以です。つまりストーリーテリングがとても有効ということです。
リーダーはいくつかのストーリーテリングを覚え、あるいはクリエイトしてそれらを伝えていく伝道師スタイルになることも必要かと感じています。
ストーリーを通して、出来事、やるべきことを活性化し、メンバーの目をキラキラさせるのも、リーダーの役割だと思います。
ただ、力が入りすぎて、濁音になるのも要注意。濁ると「キラキラ」がなんと「ギラギラ」に。これがまさに、少しの違いで大違い。さわやかな言葉で導いていくことも大切です。
そのためにメンバーを鼓舞していくための語彙力、そして語る力もしっかり身につけていくことも、リーダーの大切な資質の一つです。
「これからは、こんな時代がくる」と極めて主観的なストーリー、信念で語っていく。そこに正確性はないかもしれないが、主観的だからこそストーリーが生まれ、多くの人をセンスメイクして、巻き込んでいける。実業家の孫正義氏をはじめ、多くの現代のリーダーがストーリーで物事を語るようになってきたのも、決して偶然ではないと感じます。
ChatGPTの活用に関しても、プロンプトや語彙力によって、アウトプットの内容や質が全く異なってきます。AI時代においても、エッジのきいた語彙力はさらに必要になってきていると思います。プロンプト・プロデューサーが重要視されているのも理解できますね。
壁打ちテニスで、どんな強さでどんな角度で打つかによって、戻ってくるボールが全く異なってくるように、どんな言語を使っていくかで答えも大きく変わってくると思います。
言葉を通じ、仕事自体を社会的使命にまで昇華させられれば、この会社で何をするのか、自分は何をやりたいのか、何をすべきなのか、何を成し遂げたいのか、メンバーの求める現実に近づいていくことと思います。
「私は、そういう社会がくることを望んでいる」という、極めて主観的なストーリー・信念を強く語る。そこに正確性はない。主観的だからストーリーがあり、だからこそ、多くの人をセンスメイクして、彼らの足並みをそろえ、巻き込めるのである。孫氏にしても永守氏にしても、イーロン・マスクにしても、今、「未来をつくっている経営者たちが、ストーリーで物事を語っているのは、偶然ではない。未来を生み出すためには、ストーリーで周囲をセンスメイクさせることが必要なのだ。 (入山章栄『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)より) |
仕事の定義をキラキラさせて、ともに誇りをもって進めていけば、その人にとって世界一意味のある、あるいは日本一大切な仕事になってくると思います。
単なる仕事という概念を超えて、壮大な意味と意義がでてくることになると思います。そこには、他の人や他の会社との比較ではなく、他からどう見られるかなんてことは全く想いにないはずです。自分自身がいかに輝いていくかが、最も大切なこと、これが勝負。腹落ちして、人生を生きていけば、他との比較など全く意味がない。自分が自分らしく生きていけばいいということに気づけるでしょう。
社会教育家の藤原和博氏もいつも言っています。「今は、正解の時代ではなく、みんなの納得を得られるかどうかの、納得解の時代だ」と。「編集能力の時代でもある。いかに編集を通じて、物事の意義や意味を明確にしていく能力もまさに求められている」とも、伝えています。
その考えは、今回のセンスメイキング理論にも通じているように感じます。いかに納得を得ていくかも、リーダーとしての手腕が大きく求められる点であり、ビジネスを進めるにあたっても、心がけていく必要があるでしょう。
この納得を得ることや、腹落ちするかどうかにも感情のウエイトがとても大きく関わっていくと感じています。今こそ「感情そのもの」をいかに味方にしていくかということが、キイになると思います。
論理的な世界は、まさにAIの得意技の世界。その世界のみで人が勝負していくのは厳しい。そのまま続けていると、きっとやっていること自体がコモディティ化して、結局はAIに淘汰されていくことと感じます。
ではどうすればいいのか?
私は、一つの解は「感情」にあると思っています。
私が、心をこめてトレーナーをしているデール・カーネギーの教えのなかに、人が学びを定着させるための一つの公式がありますので、以下にご紹介したいと思います。
その式は、[ EC + BC = PC ]という式です。
ECとはエモーショナル・チェンジ(感情変化)です。
BCとはビヘイビア・チェンジ(行動変化)です
PCとはパフォーマンス・チェンジ(パフォーマンス変化)です。
多くの研修やトレーニング会社は、すぐに結果、つまり受講者の行動変容そのものを求める傾向があると思います。つまり、BC=ビヘイビア・チェンジを求めるということです。行動をすぐ変えるようなアプローチで、トレーニング内でもまず、行動変容をすぐ求めます。
すると、直線的なアプローチでの研修中は、行動変容をしたかのように見えます。
ただ、本当の意味で定着していないため、週末をこえ2週間も経過すると、エビングハウスの忘却曲線よろしく、記憶のはるかかなたに。理論も忘れ、結果として定着しないというのがよくあるケースです。これは多くの人材開発担当者の悩みともいえることと思います。
デール・カーネギーでは伝統的に、行動変容を狙う前にEC、つまりエモーショナル・チェンジを起こすことを目指します。感情の動き、変化をまず起こし、そしてその上で行動変容をトレーニングしていきます。
感情変化を起こしているので、心に深く刻まれ、記憶だけでなく、定着した行動変容につなげることができるのです。
トレーニング中は感情に働きかけるため、体を動かしたり、大きめの声を出したり、日頃のコンフォートゾーンを大きく超える行動も必要になってきます。結果として、感情に大きな変化を促し、その想いが記憶にも長期記憶として残っていくことになるのです。
単なる座学の時代が終わったということも、日々感じています。
AI時代こそEIが大切と言われています。つまり、EI=エモーショナル・インテリジェンスをいかに高めていくかに、力を注いでいくことが重要だということです。
欧米人に比べて、日本人は感情表現をだすのがやや苦手な傾向があるといわれていますが、グローバルな時代にあって、世界の人とわかちあっていくためには、感情もよい加減で味方にし、コントロールしていくことが必要だと感じています。そのためにも、まずは口角をあげて、素敵な笑顔でいることが大切だと思います。
私たちは感情を味方にし、多くの納得を得るとともに、メンバーの腹落ちを通じてビジネス、組織運営していくことが求められていると感じます。
未来の輝ける日を目指して、今こそ、センスメイキング理論を活用しましょう。
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