人事担当者登壇特別セミナー『松竹株式会社が実践する「自律型人材」育成のポイントとは?』を、松竹株式会社 人事部 人材開発室 室長の松尾健司氏をお招きし、2022年8月4日に開催いたしました。

松竹株式会社といえば、伝統芸能である歌舞伎や、往年の名作映画・ドラマなど、日本を代表するコンテンツを擁する、1895年創立の歴史あるエンタテインメントグループですが、伝統に固執することなく、歌舞伎とメタバースの融合や本社を構える東銀座で街との共創ビジネスなど、時代のニーズやトレンドを意識した新しいお取組みに常にチャレンジしている姿勢が印象的です。そのイノベーション力の源泉はどこにあるのでしょうか。

社員の育成をテーマに、インタビュー形式でお伺いしたセミナーの開催レポートをお届けします。

セミナーレポート セミナーレポート

-まず、松竹株式会社様についてご紹介ください。

 

松尾健司氏(以下、敬称略):松竹株式会社(以下、松竹)は、ざっくり言いますと歌舞伎と映画を100年以上作り続けている会社です。ずっと同じものを作り続けているだけではなく、例えば歌舞伎と人気コミックや、歌舞伎とバーチャルアイドルとのコラボレーションであったり、映画館で歌舞伎を上映することで全国のお客様にお届けするといったような、様々な事業をミックスさせた展開や、時代に合わせた作品を作り続けているのも最近の松竹の特徴です。

 また、松竹は、コンテンツの企画制作から、お客様に届ける劇場の運営、その後の権利利用まで一貫した機能を持っておりまして、それに関連する形で、20社に及ぶ様々な子会社・関連会社で松竹グループを形成し、「日本文化の伝統を継承、発展させ、世界文化に貢献する。」「時代のニーズをとらえ、あらゆる世代に豊かで多様なコンテンツをお届けする。」というミッションを掲げ、事業を展開しております。大事な伝統は守りつつも、時代のニーズに合わせてあらゆる形でコンテンツを展開していくということが、今までもこれからも変わらない姿勢です。

 松竹の事業部門についてご紹介しますと、演劇本部、映像本部、事業開発本部、不動産本部、私が所属する管理本部で松竹は成り立っております。

-松竹様といえば演劇・映像のイメージが強いですが、不動産本部について詳しくお聞きできますでしょうか。

 

松尾:松竹は昔から劇場を持っていたこともありまして、全国の主要都市に劇場とともに不動産を持っております。

 近年では、歌舞伎座や松竹の本社ビルが建つ東銀座エリアを盛り上げていくためのエリアマネジメントプロジェクトが発足し、エリアマネジメント推進室という組織を立ち上げております。地元の飲食店や他の企業、行政と連携し、街を盛り上げるプロジェクトを行っています。

新入社員研修について

-新入社員研修が一息ついた時期かと思いますが、今年の新入社員研修を振り返っていかがでしたでしょうか。

 

松尾:松竹では、新入社員についてはここ数年10名前後の採用を行っております。

 新入社員研修は6月1日の配属を目指し、約二か月実施しています。コロナ禍以前は各部署への期間限定の配属や、劇場に勤務して直接お客様と接する機会を作るといった研修も実施していたのですが、ここ数年は本社のみで研修を行っております。

 研修期間の前半は、マナーなど社会人としての基礎的な知識のインプットや、会社への理解を深めるため、松竹の各本部から社員を招いて行う講義形式の研修などを実施しております。社会人生活に慣れてくるGW前くらいから、徐々に企画ワークやグループワークを行い、さらに配属が近づく研修期間後半には、新入社員が配属される予定の部署の社員などを招き、座談会形式で配属のリアルなイメージを醸成するような研修も行っています。

この二か月の研修期間の中では、三人から四人のグループを組んで行うワークを三つほど実施しております。

インプットだけではなく、アウトプットを大事にしたワークショップ

松尾様:一つは、会社に対しての理解を深めるため、人事制度の理解を促進するワークです。人事部で用意している、評価制度や賃金制度などを掲載した〝人事制度ハンドブック〟と言う冊子があるのですが、これについて「自分が入社二年目になった時に、新たな新入社員たちに松竹の人事制度をプレゼンしてください」というお題を与えます。ただ冊子を読むというインプットだけではなく、アウトプットをさせることで、内容の疑問点を解消していくという姿勢も養えますし、わからない部分をグループメンバーに聞くことでコミュニケーションが生まれるなど、固いお題に楽しんで取り組んでもらえるように設計しています。

 もう一つはアニメーションの企画です。映像系志望の新人からすると、ここは腕の見せ所ということで、色んなアイディアが飛び交うワークになっています。この研修には、実際にアニメの企画を担っているプロデューサーなども参加し、企画の考え方や立て方の説明、ワーク途中での相談会の実施、最終的に企画のプレゼンをした後のフィードバックまでを行っております。

 もう一つが、今回メインでご紹介したいのですが、新規事業企画のワークショップになります。今年はNFTの新規事業企画に取り組みました。松竹のコンテンツ、アセットを使いながらNFTの企画を考えるというワークになっておりまして、ただアイディアを出すだけではなく、「どういう企画なら収益を生み出せるのか」を考えるワークになっています。

 ワークの進め方としては、新入社員に急に「新規事業を立ち上げろ」といっても難しいので、まずは実際に松竹の社員が実現したNFTの取り組みを、発想の参考として紹介しております。例えば歌舞伎とバーチャルスタジオを融合させて実施した「META歌舞伎」という作品の一部を、切り取ってNFT化し販売し、完売したという事例があります。また、実現性や、プレゼンを受けた側の納得性があれば何でも自由に発想していいと伝えています。歌舞伎や映画など、松竹でやっている既存事業の拡張でもいいですし、例えば松竹×お酒のような、完全新規事業でもいいです。ただし重要なのは「松竹で実現すべき〝理由〟や〝目的〟は何か」であること。ここに対して納得感のある企画であればいいよ、と。

三つのグループワークで起きた新入社員の変化

松尾:この三つのワークを実施することで何が起きたかといいますと、ワークはそれぞれチームメンバーを変えて行ったのですが、そうすることで新入社員の半数以上が気づいたのが、メンバーが変ることによって、ワークの進み方が全く変わってしまうということです。進みやすくなることもあれば、進みにくくなることもある。また、自分の個性が生きなくなってしまうこともあります。皆、様々な悩みを抱えながら取り組んでいくのですが、ワークの途中から、このままではダメだから次はこういう風に動いてみようとか、メンバーに合わせて自分のやり方を変えればいいのではないかということに、自ら気づき動きはじめる新入社員の姿が見られるようになりました。

 学生時代ですと、自分の我を通して走りがちなこともあるかと思うのですが、社会に出るとそれでは上手く行かない様々なことに直面します。それを研修期間にうっすらとでも体感し、解決に向けて自分でアクションするということが、新入社員にとって一つ大きな収穫になったのではないかなと思っています。

 また企画については、実際プレゼンを受けたプロデューサー陣も驚くような、どれもそのまま事業検討してもいいような、非常にユニークなアイディアが出まして、新入社員たちも自信を持てたワークだったのではないかと感じています。

ミッション浸透研修について

-新規事業企画のお話の中で「松竹で実現すべき「理由」や「目的」は何か」を重要視していると伺いました。その根幹となる松竹のミッションについて、どのように浸透の施策をされているのでしょうか

 

松尾:他の企業様でもそうではないかと思いますし、私自身もそうなのですが、ミッションに共感して入社しても、日常の業務をこなしていく中でミッションのことを考える機会はあまりないのではないでしょうか。

 松竹では数年前に、全従業員から自由に意見を吸い上げるパブリックコメントを実施しましたが、やはりミッションがなかなか浸透していないという声が課題として上がりました。さらにグループ間の交流の機会がないという声があったこともあり、グループ会社全体でミッションを浸透させる研修をやっていこうとなりました。

 研修のタイトルは、歌舞伎風なのですが「KAOMISE研修」といいます。新卒入社3年目、社員登用1年目、中途入社2年目などの、キャリア初期の松竹グループ社員を対象とした研修です。松竹グループミッションの理解、松竹グループ各社の理解、松竹グループ共通の価値観の共有を目的としています。毎年対象者約70名から80名が一堂に会し、社長や専務など役員も5名程参加しまして、社長と若手が直接交流をするという、なかなか貴重な機会となっています。今まで対面で行っておりましたが、今年はオンラインでの実施を予定しています。

日常の中でミッションに触れる機会をつくる

松尾:研修の内容としましては、まずミッションを自分事化するための取り組みとして、研修参加メンバーが所属しているグループ会社の仕事や、現在関わっている業務、将来やってみたいことまで、どうしたらミッションにつながるかということを考えていくワークをしています。

 そしてもう一つが、「ミッションビジョンに関する物語を創る」というワークです。ミッションを理解するということは、ミッションについて人に伝えられることではないか、ということから実施しています。

 このワークでは、グラフィックレコーディングの会社から招いたスタッフを各チームに配置し、創作工程のミーティングやストーリー自体をグラレコで見える化しながら、ミッションを伝える物語を創っていきます。研修中は、社長や我々人事メンバーも各グループの会話に加わり交流します。

 このワークのゴールは、参加者全体の前で行うプレゼンです。そこで優勝したチームの物語を描いたグラレコは、一年間松竹グループの事業所営業所約80拠点にポスターとして掲出されるという特典もあり、参加者もかなり気合が入っていた印象がありますし、優勝チームのストーリーは、私自身もプレゼンを聞いて非常に感動する力作でした。

 

-優勝チームのポスターが掲出されるということですが、それを見た他の社員からはどのような反応がありましたか?

 

松尾様:正直なところ「すごい!」とはならなくて、「何だろう?」と言う感じですね(笑)

でも、それでいいと思っています。普段なかなか触れる機会がないミッションですが、会議室などにポスターが飾ってあることで、「何だろうこれ。あ、ミッションか」という反応が生まれます。まずは日常の中でミッションに触れてもらうというところに、この研修の意義があると思っています。

学びの意識の高まりを見逃さずサポート

-その他に松竹で実践されている人材育成のお取組みがあればお聞きできますでしょうか

 

松尾:最近のトピックスとしては、昨年くらいから、人事が提供する研修やキャリア支援施策へのエントリー率の向上など、学びの意欲の高まりを感じています。

 松竹では、社員に対して受講したい研修についてのアンケートを数年続けているのですが、アンケートで上位にきた研修を実施すると、すぐに満員になることが続いています。自己啓発の費用を負担する施策もやっておりまして、今年は学びの意欲の高まりを受け、予算を増額しましたが、告知からわずか三日で満額になり、予算を増やしたのに文句を言われるという悲しい結果になりました(笑)

 理由は二つあると思っておりまして、一つはコロナ禍で様々なものがオンライン化したことで、これまで物理的に参加できなかった人たちが参加できたという点です。もう一つの理由としては、2019年からキャリアプラン設計制度というキャリア支援施策を立ち上げ、一年に一回ご自身で今後のキャリアを考えるシートを提出していただいています。それが自分のキャリアに足らないものの気づきになり、研修参加の意欲につながっているという声も聞いています。

社員自らが気づき、行動するために

松尾:また、昨年からの取り組みとしては、参加必須の研修を増やしています。

研修は意欲的に受ける人がいる一方で、興味がない人は本当に研修や能力開発の機会を利用してくれません。しかし、そういう人でも一回参加してみれば満足度が高いので、私としてはもったいなさを感じておりました。まずは参加必須の研修を増やして、そこに満足度の高い研修やプログラムを用意し、社員に研修に参加する意義を感じてもらうことが我々人事担当者の使命かなと思っております。

 また、最近の若手世代、中堅世代の方々は、社員同士の情報共有の場が減っているなというのは顕著に感じておりまして、こちらが提供している研修などの情報をそもそも知らないという方も多いため、私自身情報を提供するために細々と動いたり、影響力のありそうな社員の声を共有したりしています。気づいてくれさえすれば積極的に活用してくれる印象がありますので、社員自らが気づき、動いてもらえるように、地味ではありますが社内告知の仕方を工夫しています。

我々も色々試行錯誤しながら、今取り組んでいるところです。

講演者のご紹介

松尾 健司(まつお けんじ)氏
松竹株式会社
人事部 人材開発室 室長

●プロフィール
2006年、新卒で松竹株式会社に入社。映像本部に13年間在籍し、5部署を経験。34歳で人事部に異動。2年間、人事企画、評価・等級・賃金制度設計に従事。2020年から人材開発室にて新卒キャリア採用、新入社員研修や社内研修、キャリア支援サポートに取り組む。